(9)会社に戻るという選択肢(2026.6.1)
先日、興味深いニュースを目にした。フリーランスから正社員に戻る人が急増しているという話である。リクルートエージェントの仲介実績では、2024年4〜9月の正社員への転職数が5年前の2.8倍に達した。dodaでも2.7倍、フリーランス専門のHajimari社にいたっては直近1年で3.5倍の増加だという。
なぜ、今「会社に戻るのか」フリーランスから会社員へ2.8倍の背景
一方で、フリーランス人口そのものは2024年に1303万人と、10年前と比べて約40%増えている。市場は拡大しているのに、組織に戻る人が急増している。この「キャリアの逆流」をどう読むか。
フリーランスを目指す人の多くは、組織を「窮屈なもの」として捉えている。上司がいない、通勤がない、仕事を選べる——こうした「制約からの解放」を自由と呼ぶ。
しかしこれは引き算の発想でしかない。会社員時代に会社が肩代わりしてくれていた機能のすべて営業、経理、信用、教育、保険、年金、有給、賞与、相談相手を、独立した瞬間に一人で背負うことになる。会社員の1.5倍から2倍の売上を立てなければ同じ手取りにならない、と言われる所以である。
「自由を手に入れた」と思って独立した人が、実は「重圧と責任の総量」を見誤っていた。これが現象の表層だ。
しかし本質はもう一段深い。
ある人材コンサルタントが、こう指摘していた。「AI時代に怖いのは、仕事が奪われること以上に、自分の仕事がいつの間にか『周辺業務』になり、学習機会から遠ざかってしまうこと」
AIが下流作業を代替する時代、求められる能力は「作り手」から「設計者」へと移行している。しかし上流に行くには下流の経験が不可欠だ。コードを書いた経験があるからAIへの指示が的確になる。現場を踏んだから見積もりの精度が上がる。営業で叱られた経験があるからお客様の心理が読める。
この「下流経験を積む場」が、フリーランスには構造的に欠けている。組織は本来、この「下流経験を蓄積する装置」として極めて優れた仕組みなのだ。
戻る道がある社会は、一見すると挑戦の総量を増やす「いい社会」に見える。しかし経営者の視点では、組織が個人のキャリア設計における「いつでも戻れる選択肢の一つ」に格下げされた、ということでもある。
この現象の根っこにあるのは、社会全体の「ぬるさ」ではないか。
かつての日本では、独立して失敗すれば家族ごと路頭に迷った。だから人は必死だった。今は違う。フリーランスで失敗しても正社員に戻れる。失業保険も各種支援制度もある。個別の制度はすべて正しい。しかし総体としては、「本気を出さなくても死なない社会」を作り上げてしまった。
仕事もぬるい。心理的安全性の名のもとに叱られない職場が増えた。会社もぬるい。「働きやすさ」を売りにする企業がスタンダートになってきた。個別の改善は正しいが、総体としては「人を本気で育てる場」が消えつつある。
人間は追い込まれて初めて本気を出す。追い込まれない社会は、人を弱くする。
では経営者はどう振る舞うべきか。答えは明確だ。社会のぬるさに迎合しない組織を作る、これに尽きる。
「フリーランスに出てダメだったから戻ってきました」という人間を、無条件には受け入れない。戻るなら、外で何を学び、何を成し、何を持ち帰ったかを問う。この問いを発しない組織は、ぬるい人間の駆け込み寺になる。
「働きやすさ」を売りにしない。我々の売りは「ここでしかできない仕事」「ここでしか得られない成長」「ここでしか味わえない達成感」であるべきだ。楽な会社を作れば、楽な人材しか集まらない。
何より経営者自身が、ぬるさの第一の敵であることを自覚する。社員に厳しさを求める前に、自分自身に最も厳しくある。これがすべての出発点である。
組織にいる魅力は、給料や福利厚生ではない。自分一人では絶対に積み上げられない経験を、組織の時間軸と規模で積み上げられることである。フリーランスに憧れる気持ちは分かる。だが、自由とは制約からの解放ではなく、重圧と責任を一人で背負える実力を持つことだ。
会社とはぬるい社会の中で「本物」を育てる場所でありたい。そう願って、今日も経営にあたっている。
最高経営責任者 蜘手 健介
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