(18)育てる目線、育つ目線(2026.8.3)
弊社の全体会議で私が伝えた内容です。
社員教育について書かれたものを読むたび、ひとつのことに気づきます。育成論の書き手は、いつも「育てる側」だということです。
研修のカリキュラムも、評価制度も、面談のシートも、すべて上司が部下をどうするかという設計思想でできています。褒めて育てる。叱って育てる。任せて育てる。主語はいつも上司であり、社員は目的語の位置に置かれています。
では、育つ側から見た景色はどうなっているのでしょうか。ここがほとんど言葉になってきませんでした。理由ははっきりしています。その景色は本人にしか見えないからです。見えないものは語られず、語られないものは制度に反映されない。育成論が長らく片側からしか書かれてこなかったのは、怠慢ではなく構造の問題でした。
試しに、主語を入れ替えてみます。
「褒める」は、育てる側から見れば動機づけの手段です。しかし育つ側から見れば、それは評価されている状態にすぎません。手段として使ったつもりの言葉が、受け取る側では成績表になっている。
「任せる」も同じです。育てる側にとっては経験を積ませる機会ですが、育つ側にとっての問いは「これは自分で決めた仕事なのか」とも思えます。
自分で決めていない仕事は、どれだけ任されても他人の仕事のままです。
そして「思い通りにならない」ということ。
育てる側から見れば、これは指導が届いていない状態、つまり失敗の兆候です。ところが育つ側から見ると、ここからが自分の始まりです。思い通りにいかない場面に立って初めて、その人固有の判断が要求されるからです。
同じ出来事が、立つ場所によって正反対の意味を持つ。ここに気づかないまま制度だけを整えても、育成は空回りします。
かつては、これで問題ありませんでした。人が多かったからです。
昭和の育成方法は明快でした。叱って育て、競争させ、耐えられない者は脱落する。厳しさが正しさとして通用したのは、脱落した分を新しい人材が埋めてくれたからです。母数が大きいがゆえに、選別は組織を強くする装置として機能し、しかも速度が速かった。アメとムチと我慢、そしてある種の妄信的な思い込みが、当時の合理でした。
現代では、この前提が崩れます。脱落させた分を埋める人がいない。選別で強くなる方法が使えない以上、育成は「残った人がどう育つか」に賭けるしかありません。だからこそ、主語を育つ側に移す必要が出てきます。時代が優しくなったのではなく、計算が合わなくなったのです。
そこで私は「褒めて育てる」だけでなく「思い通りにならない耐性をつける」への理解と取組も重要だと考えました。
これは言葉づかいの違いではなく、立っている場所の違いです。
耐性は、育てる側が与えられるものではありません。上司が「耐性をつけさせる」と言った瞬間、それはまた育てる側の道具に戻ってしまう。耐性は、育つ側の内側にしか起こりません。私たちにできるのは、それが起こる場面を用意し、逃げずに立ち会うことだけです。
そのうえで、共有しておきたい軸が三つあります。
第一に、現場は1%のセオリーと99%のイレギュラーでできています。だから判断の拠り所を「自分ならどうするか」だけに置かない。「ロビンならどうするか」という軸をもう一本、自分の心の中に持つ。二軸を持って初めて、イレギュラーに対して個人技ではない答えが出せます。
第二に、結果3割、プロセス7割。執着すべきは再現性と継続性です。ホールインワンは実力ではありません。もう一度できないことは、まだ能力になっていないということです。
第三に、これが最も重要ですが、「耐性が足りない」のは片側の話ではありません。思い通りに育たない部下を前にした上司もまた、思い通りにならない現実に向き合っています。育つ側だけが試されているのではない。両者が同じ課題に立っているのだと気づいたとき、社員教育は指導ではなく、共に学ぶ機会になります。
ロビンならどうするかを常に考えられているか。自分の仕事に再現性と継続性、そして瞬発力を感じているか。思い通りにできないことを受け入れ、建設的に改善しようとしているか。
この三つは、部下に問うためのものではありません。私たち自身への問いです。
ただし、ここでひとつ断っておかなければならないことがあります。「耐性を高めよ」という言葉は、放っておけば必ず「黙って我慢しろ」と読まれます。それは私の意図とは正反対です。では、その耐性は何のためにあるのか。
次回、そこを書きます。
最高経営責任者 蜘手 健介
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