(9)在庫をもつリスクと持たないリスク(2026.6.1)
名古屋で新築事業を展開していた頃のことである。
ある大工に木材の加工を依頼したところ
「名古屋市内に加工できる作業所や倉庫を持った大工はほぼいないよ」と言われた。真偽を確かめる術はないが、作業場も倉庫も持たない大工がいるのかと、当時の私は少なからずショックを受けた。
その大工は続けてこう言った。
「だから都市部の大工はツーバイフォーを施工するようになる。大工じゃなくてフレーマーって呼ぶんだけどね」。
地方に比べて都市部にツーバイフォーが多いと感じたことはあったが、これもその理由の一つなのかもしれない。
考えてみれば、これは大工の怠慢ではない。地価の高い都市部で、材料を寝かせる倉庫や刻むための作業場を構えることは、経済合理性に合わないのだ。土地のコストが、職人の働き方そのものを変容させる。身軽に現場へ向かい、組むことに特化する。それが都市部の合理なのだ。
在庫の考え方も、地域によって大きく違う。
都市部には建築資材のプロ向け現金問屋(プロ向けホームセンター)がある。職人は在庫を持たず、必要なときに必要なだけ買いに行けばよい。在庫機能を問屋が集約して代行している。
一方、地方ではプロ向けの現金問屋をあまり見かけない。その代わり、工事会社の多くが自前の倉庫を持つ。専門業種であれば使う材料は限られるから、一括仕入れは割安になる。商社や問屋から特値で出るとなれば、まとめて仕入れて在庫として抱える。在庫機能を、工事会社自身が内製しているわけだ。
どちらが優れているという話ではない。都市は問屋に在庫リスクを預け、地方は自社で背負う。それぞれの土地の条件が、それぞれの合理を生んでいる。
閑話休題
ノイジー・マイノリティという言葉がある。「声高な少数派」「やかましい少数意見」を指す言葉で、一九六九年、米国大統領リチャード・ニクソンの演説で「ボーカル・マイノリティ」と表現されるなど、古くから認識されてきた。対義語には「物言わぬ多数派」を指すサイレント・マジョリティという言葉がある。
最近ではクレームやネット上の口コミを論じる際に用いられることが多い言葉だが、今回のナフサ問題で、私はこの構図をあらためて感じた。
メディアは連日において「シンナーがない、材料がない。現場は困窮し、このままでは業界が地盤沈下を起こす。実際にこれをきっかけに廃業や倒産も相次いでいる」報道をした。国会でも言及された。
これは正しい情報である。ホルムズ海峡封鎖前と比べ、シンナーをはじめナフサ由来の材料や資材が潤沢にあるわけではなく、各社が苦労して手配を続けているのは事実だ。
しかし、「困っている人」がいる一方で、「全く困っていない人」もいる。
なぜそれを多くの方は知らないか?彼らは声を上げていないからだ。むしろ声を潜めていると言っていい。
困っている人はSNSで「困っている」と発信し、困っていない人は何も語らない。だから目に入る情報だけを追えば、業界全体がひどく困窮しているように見える。だが実際には、準備と対策ができていて、さほど困っていない会社も少なくない。とりわけ、普段から在庫を抱えてきた会社にはその傾向がある。取引先と良好な関係を築けていれば、優先的に資材を回してもらえることもあっただろう。
また「〇〇には潤沢に在庫がある」という情報も出さない。あれば取り合いになり自分の割り当てが減る可能性はあるからだ。
聞こえてくる大きな声だけで物事を判断すると、本質を見誤る可能性がある。報道は嘘をついていないがあれが報道の限界だろうと思うが、声を潜めている者の中にもまた一つの現実がある。
最高経営責任者 蜘手 健介
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