(19)初盆(2026.8.10)
8月初旬、予定していた東北出張がキャンセルとなり、3日間、自宅で過ごすことになった。
この時間を使って、かねてからやりたいと思いながら手をつけられずにいたことの一つ、給与や賞与など人材にまつわる制度のリニューアルに、AIをフル活用して取り組んだ。従業員には1円でも多く分配したい、お客様には1円でもお値打ちに提供したい、会社は1円でも多く利益を上げたい。
経営者としては悩ましい限りだが、制度としてはできるだけシンプルで、一人ひとりのモチベーションが上がる仕組みにしたいと思う。
父が1月に他界して約6ヶ月が経った。葬儀のお礼、四十九日法要、百ヶ日法要。父の遺品や部屋の片付け、カード類やDMの解約、諸登記書類や公的手続きなど、それぞれが分担してバタバタと過ぎた。そして今年は初盆である。かねてから体調が不安定だった母が8月初旬に緊急入院したこともあり、わからないことや初めてのことは住職に相談しながら準備を進めた。あとは当日を迎えるだけ。
父は最後の1年、入退院を繰り返し、自宅で息を引き取った。元気な頃は「長生きしてもいいことない」とさっぱりしたことを言っていたが、いざ病と向き合い体調が不安定になると「1日でも長生きしたい、死にたくない」と思っていたようだ。だから葬儀のことも財産のことも、まったく話ができなかった。一度話を振ったときは「死ぬ話など縁起が悪い」と不機嫌になった。あとは成り行きに任せるしかないか、そう思った。
しかし今思えば、元気なうちに話題を避けることなく、本人の意向や遺言をしっかりと話し合っておけばよかったと後悔している。
人間は必ず死ぬ。本人がどうしたいかを、できるだけ元気なうちに記録しておいたほうがいい。
例えば延命措置。病気の回復ではなく延命を目的とした治療で、人工呼吸や人工栄養(胃ろうなど)がある。これをどうするか。最後の療養場所は施設か自宅か。調べていくうちに「事前指示書」なるものを見つけた。法的効力はないが、自分が判断能力を失ったときに希望する医療やケアの方針を、あらかじめ明確にしておくことができる。項目は延命措置の可否だけでなく、病名告知の希望、療養場所、看取りの場所にまで及ぶ。書いて仕舞い込むのではなく、家族と共有してはじめて意味を持つ。
それがなければ、残された家族は「かわいそう」という感情だけを頼りに判断することになり、こちらまで成り行きに流されてしまう。延命措置ひとつとっても、家族が「もう結構です」と口にするのは想像以上に重い。父を看取ったからこそ痛感したことである。
また中小企業にとっては、経営者の事故や急病、急死そのものが会社の危機となる。意思決定の停止、株の分散、金融機関との資金繰りの混乱など、想定されることは少なくない。保険や株、相続の対象になるものは部門で管理されていても、数々のIDやパスワード、今後の会社経営に関する意思は明文化していない人が多いのではないか。実際、金融機関は代表者の不在に敏感である。誰が判断し、誰が印を押すのか。それが決まっていないだけで、日常の資金繰りが止まりかねない。
こちらも元気なうちに「緊急時事業承継指示書」として作成しておいたほうがいい。事業の舵取り、現場決裁の手順の再確認、株の取り扱いに加え、顧客や協力会社への連絡。一時的な信用不安を起こさないためにも、役員や幹部との共有が必要だろう。
私は2012年、胆嚢摘出の際にがんが見つかり、自分自身と向き合った時間がある。その際に家族や会社に対する指示書と共有事項をまとめた。あれから14年、会社も家族も当時とは別物になっている。早速アップデートに取り掛かろうと思う。
学生の頃は天井を見上げながら(こんな時間が永遠に続くのか)と人生の長さを憂いていた。55歳になった今年、人生の最後が刻一刻と近づいていることを再認識させられた。
考えてみれば、あの三日間で取り組んだ人事制度の見直しも、根は同じだったのかもしれない。自分の頭の中にしかないものを、誰が見てもわかる形にして残しておく。制度も指示書も、やっていることは変わらない。
自分の死のことなど考えたくない、という人もいるだろう。たしかに、たいていは成り行きでなんとかなる。だが、それは周りへの責任の放棄ではないかとも思う。
さて初盆である。生前の父を思い、入院中の母の回復を願いながら迎えたい。
最高経営責任者 蜘手 健介
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