2026年2月 父の背中
厳寒の候、いかがお過ごしでしょうか。Robinの蜘手です。
私事ですが父が83歳で永眠しました。生前、お世話になった方、時間を共有してくださった方にはこの場を借りて御礼申し上げます。葬儀での喪主(私)挨拶を再喝いたします。
私が小学校の2年生か3年生の頃、父親参観日というものがありました。仕事が休みの日ということで日曜だったと思います。私はその日をとても楽しみにしていました。「お父さん、明日の参加日は見に来てくれる?」と前の夜に聞きました。父は小さい電気工事会社を経営していました。朝から夕方まで現場へ行き、夕食を済ませてから積算や設計などの業務をこなす仕事人間でした。
父は「明日は仕事だから行けない」と言いました。私がその時、寂しそうな顔をしたからでしょうか、「でも現場を抜けられれば観に行くよ」と言ってくれました。
当日、父親参観日の日。授業が始まる前まで父の姿はありませんでした。授業が始まってしばらくするとガラガラと教室のドアが開く音がしました。そこにあるのは父の姿でした。現場を抜けて駆けつけてくれたのです。
私は嬉しかったのですが、同時に何か気恥ずかしい気持ちになりました。周りの父親たちがジャケットやシャツなどの装いをしている中、父一人だけが「作業服姿」だったからです。
その夜、どのような言い方をしたのかは覚えていないのですが、私は「次は作業服じゃない服で来てほしい」と伝えました。父は怒るでもなく声を荒げるでもなく、私に諭すようにこう言いました。
「ごめん。でもな、お父さんにとっては作業服が正装なんだよ。この服で仕事をして、人の役に立ち、一生懸命家族を守っているんだ。だから、何も恥ずかしいことはないんだよ」
あれから40年以上が経ち、その言葉の重みをわかる年齢になりました。父が守り抜いたもの、その背中、あの言葉に込められた責任感の強さを改めて痛感している次第です。
その父が1月27日朝8時15分、自宅にて母の手を握りながら永眠しました。外は重い雪が舞う荒天。親父が大好きだった飛騨高山を象徴する冬の朝でした。
父は一昨年の11月に持病の肺気腫が悪化。以降、入退院を繰り返しました。その後、食道がんが見つかり、転移も確認されました。一時は厳しい状況もありましたが昨年末には奇跡的に一時帰宅が許され、家族全員でお正月を過ごすことができました。あの穏やかな時間は、神様からの贈り物のようなかけがえのないひとときでした。そして年明けに再入院。本人の「家に帰りたい」という強い希望もあり、1月19日に帰宅。それから約一週間、家族で寄り添い、看病を続けてきましたが、最後は穏やかな表情で静かに息を引き取りました。
私も弟も歳を重ねるごとに、父と同じ仕事人間になりました。親と向き合う、コミュニケーションを取るということの優先順位が下がっているという実感は常にありましたが、仕事と自分のことに精一杯でした。
皮肉なことに父と向き合えるようになったのは父が病床に伏してからでした。好きなゴルフもできなくなり、外で体を動かすこともままならなくなった父と色々な話をしました。高校生の夏休み、現場のアルバイトへ行ったこと、一緒にゴルフをしたこと、母との思い出話。
自宅や病室を後にする私に、父はいつも「また来いよ、またな」と手を振ってくれました。
私はこれまで寂しいという感情が薄いのではないかと思っていましたが、強かった父がいなくなり、今はただ、言葉にできないほどの寂しさを感じています。父もまた口には出していませんでしたが、心のどこかで寂しさを抱えていたのだろうかと思うと、その気持ちにもっと早くから寄り添ってあげられなかった、という後悔をただただ感じています。何の心配もせず安らかに旅立ってください。今までありがとう。 (以上、ここまで)
私事で恐縮ですが、父への思いを書き綴りました。今後ともよろしくお願い申し上げます。
最高経営責任者 蜘手 健介
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