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代表蜘手のマンスリーメッセージ

2010/11/20

CEO’s mail:10.11

一気に秋めいたと思えばもうすぐ12月。月日の経つのは早い早いと思いつつ、、、。Robinの蜘手です。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

論語にこのような節があります。「子曰く、これを如何、これを如何と曰わざる者は、吾これを如何ともすること末きのみ。」訳すとこんな感じです。「孔子はこう言った。どうしよう、どうしようと言わないものには私とてどうすることもできない」

これを如何」というのは深く物事を追求しても答えが見つからず悩んでいる状態、といえばいいでしょうか。ここで孔子は「物事を考えず悩みもない者には教え導くことは難しい」と言っています。つまり悩むということは問題に対して真正面から取り組んでいる証であり、向上心の表れだと言っているのだと思いました。私たちは今、社内勉強会に取り組み始めました。これまで技術的な勉強会はやってきましたが、今回スタートさせたのは「人間性の成長」を主軸としたもの。名称を「RobinDNAアカデミー」としました。「住宅設計、建築、リフォームを提供しながら人を育てる会社にしたい」という願いと、Robinの持つ価値観、すなわちそれは誠実であることは経済的成功より勝るとか、損得より道徳観を持った判断をという人間性の向上、魂の気づきの場を継承してゆくという場です。

ここで私も悩みました。「成長とは何だろうか?」と。例えば自分の子供が危うく車道へと踏み外そうになった時はどう声をかけるでしょうか。おそらくどの親でも強く言うと思います。「危ないぞ」と。では自分の子供が宿題や勉強をしている時、その答えを導くプロセス、例えば数式などに誤りがあり違う答えが導き出されそうになった時はどうするでしょうか。ズバリと答えを教える人は少ないと思います。私であれば「本人が気づくようにほのめかす」という行為を取ると思います。

人に教えるというのは2つの面があります。強く修正が必要な場合と成長を期待する場合です。そうであれば私は成長とは「本人の気づきが伴ったもの」でないと本物ではないという気がします。すなわち答えを教えるのではなく考え方でありヒントをうまく伝えることができるかどうか、にあります。子供の勉強の場合は答えがはっきりわかっているケースでした。しかし私どもの場合、ほとんどは答えがないことが多く、自分で考えて判断しなくてはいけない場面が多くあります。答えがあればすぐに修正が可能であっても、それが本当に本人のためかはわかりません。経験をしないとわからないこともありますし、痛い目にあって気づくこともあります。先日、小学校1年の長女に「思いやり」の話をしました。しかし本人は「思いやり」という言葉は知っていますが、本当にそのことがわかっているか、といえばそうではない感じがしました。なぜだろう、どうして「思いやり」が話をしても理解できないのだろうか、と考えました。そこで気付いたのです。「そうか、思いやりを必要とする残酷な経験や場面にまだ遭遇していかないからではないか」です。残酷な経験や辛い思いをしないと分からないこともあります。まだ小学校1年生ではその気持ちが分からない分、対極にある思いやりが理解できていないのだと感じました。辛い経験や残酷な思いはしない方はいいに決まっていますが、こう大人になるにつれ避けては通れない道もあるでしょう。成長というのは全ての答えを教えるのではない、と考えた時、教育も同じようなものだと思いました。今の学校教育は「答え合わせ」というように論理的な答えを求め点数にします。しかし今の子供に必要なのは答えを求める力に加え、自分の考える力ではないかと思います。それを机上の問題ではなく日頃の生活から何を気づくかということになるでしょう。そのための集団生活であり組織なのだと思いました。「人を育てる」私も立派な人間とはいえませんが社員と共に成長をしてゆきたいと思う今日この頃です。

株式会社Robin 代表取締役 蜘手健介
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