さてどうなることやら。
 超現実主義の米国トランプ大統領と体制の維持とメンツに異常なほどに執着する北朝鮮金正恩委員長。米国と北朝鮮の挑発合戦はエスカレートし、日本を含む周辺国では緊張感が高まってきている。有名無実とはいえ北朝鮮と軍事同盟(中朝友好協力相互援助条約)を結んでいる中国。大統領が弾劾されまだまだ国内政治が不安定な韓国。日本は北朝鮮高官から「一番被害が大きくなる」と名指しで恐喝された。

 トランプ大統領は北朝鮮への軍事行動について「レッドラインを超えたら」と公言している。レッドラインが何かは具体的ではないのだが、多くのメディアは北朝鮮の6回目の核実験ではないかと噂しており、明日25日に開催される朝鮮人民軍創建85周年がそのXデーではないかとその注目が集まっている。

 戦争になるかならないか。軍事衝突した場合の日本への影響は?衝突しなかった場合の北朝鮮と国際社会の落とし所は?ただただ思うのは、この世の中には全く話しにならない人がいて、理解させることも、私たちが理解することも難しい人がいるということ。残念ながらそれが現実であるこということだ。

 国内でもまた残酷な事件が発生した。どうして?、とか、なぜ?という理解が全くできない事件。

 千葉市松戸市でベトナム国籍の小学校4年生の女児が連れ去られ殺害された事件で、犯人はその少女が通う小学校の保護者会会長をしていた人物だった。親に手をかけられて殺害される事件も痛ましいが、守るべき立場である大人が顔見知りの児童を殺害するなど、想像を絶する思いだ。「知らない大人についていってはいけません」と親は教育をしているが、これからはどう教えていけばいいのだろうか。「知っている大人でも、信用してはいけません」と言わなくてはならない世の中に憤りを覚える。

 先日、熊本地震から1年が経ち、震度7が2回襲った益城町などで追悼式が開かれた。
「朝起きて、学校へ行き、勉強をし、部活を終え家へ帰る。嫌なことや不満もあったがその当たり前の日常がなんて素晴らしいことなのだろうと今は思えます」
 一瞬にして人生が変わることがある。私たちが学ばなくてはいけないことは何か。人生の意味があるとしたら、与えられた使命やその役割より、生そのものの儚さに心が痛む。

麻生財務大臣は予算委員会にて2番目に大切なことは何かと問われてこう答えている。
「生きていく上に大事なことは朝は希望を持って目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝と共に眠る。その気持ち」

 空海(弘法大師)は「三界の狂人は狂せることを知らず 四生の盲者は盲なることを識らず、生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く死に死に死に死んで死の終わりに冥し(くらし)」という言葉を残している。
 これは、「秘蔵空論」という詩の一節だが、人は何度生き死にを繰り返してもなぜ生まれるのか、なぜ死ぬのかを知らない。輪廻の流転を繰り返す凡夫の姿を、空海自身も己の姿の中にも見出そうとしたのだろう。

 神は人間にとって、この世を思い通りにならない世界にしたという。罪を犯した悪人が罰を受けるとは限らないし、善人が長生きできるとも限らない。自然の摂理、事件、事故、戦争。私たちは何1つ、未来を正確に予測できないし、予測できたとしても全てに対策を取ることもできない。

 逆に全て予測できたとしたら、私たちはどのくらい生きることに執着できるだろうか。誰と結婚し、どんな人生を送り、そしていつ死ぬのか。未来が全てわかる世界だとしたら、私たちは人生に意味を見出そうとするだろうか。人生には時に残酷で、我慢ならないこともある。到底受け入れがたいこともあるだろう。全て正しい方を選択するとは言い切れないし、私は自分が善人だというほど馬鹿ではない。

 思い通りにならず、何がおこるかわからない世界だからこそ、勉強に励み、人を愛し、人生を向き合うことができるのではないかと思うとやはり生まれたことにに意味は必ずあるのだと思えるのである。

 私たちにできるのはいつも身を綺麗にし、出かける時には大切な人、愛する人に笑顔で「行ってきます」と伝え、悔いのない毎日を過ごすことぐらいではないか。今という時をしっかりと生きていたいと思う、今日この頃。


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