あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

スタートというものは清々しく、気持ちが良いものだ。ゴルフの1番ホールのティーショット、ライブの1曲目、朝一で飲む濃いブラックコーヒー、正月恒例の駅伝のスタート、サッカーの開始のホイッスル。
それまでのことはそれまでのこと。新たな一歩はまた新たな一歩。
新たなスタート地点に立ち、どのようなドラマが待っているのか、ワクワクした気持ちをいつも持っていたいものだと思う。

2017年1月1日。この日をスタートにして、また長くて短い1年が始まる。
昨年にあった色々なことを都合よくリセットし、新たな気持ちでスタートを切ることができる。今年はどのような年にしようか、どんな年になるだろうか。そんなことを考えながら新たな年を迎えた人も多いだろう。

数え年というものがある。生まれた年を1歳とし、新年を迎えた時に1歳を加えて数える年齢のことだ。私は数え年でいうとこの新年で46歳となった。めでたいのか、めでたくないのか。年齢を気にしたことはないが50歳まであと4年である。

年末や正月になると「1年が過ぎるのが本当に早く感じるようになった」という会話を耳にすることが多い。私もそう感じていて、同じ24時間のはずだが若い時と今ではその速さが違っている感覚がある。

ある人に教えて頂いたのだが、年齢と感じる時間について、ジャネーの法則というものがあるという。
「ジャネーの法則とは19世紀のフランスの哲学者・ポール・ジャネが発案し、甥の心理学者・ピエール・ジャネの著書において紹介された法則である。主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価されるという現象を心理学的に説明した。
 簡単に言えば生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢の逆数に比例する(年齢に反比例する)。
例えば、50歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどであるが、5歳の人間にとっては5分の1に相当する。よって、50歳の人間にとっての10年間は5歳の人間にとっての1年間に当たり、5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に当たることになる。」(Wikipediaにてジャネーの法則を参照)

 この法則に従えば、私が社会人となった23歳からこれまでの45歳の逆数を和したもの1とすると、46歳からほぼ引退であろう65歳の逆数を和したものは0.51となる。

 これは社会で出てからこれまでの人生の長さの約2倍のスピードで65歳になってしまうことを意味している。私にとってこれからの人生は物凄いスピードで過ぎていってしまうことを指している。

 これからの人生、時間には非常に価値があり、貴重なのだと再確認をしたが、これを若い時に聞いても理解できるかどうかにはわからない。

 私が学生だった頃、お金も実力など何もなかったが時間だけは充分にあった。授業をサボってボーっと自室の天井を見ながら、「この時間が永遠に続く」というような感覚に陥ったこともある。
社会へ出ることもまさか親になることもその時は想像すらできなかった。これからどのような人生が続くのか。時間だけがゆっくりと過ぎる。若い時、人生は長く長く続く旅のようだと思われた。
 もし25年前に戻れるなら、20歳の私に言葉をかけられるのならどんな言葉をかけるだろうか
「光陰矢の如し?いやいや光の速度より時間は早い」

そんな言葉をかけてもおそらく、若い時の私は理解できないだろうし、理解する気もないだろう。若さとはそんなものだ。

哲学者のルソーはこのように言っている。

「なんと速やかに、我々はこの地上を過ぎて行くことだろう。人生の最初の4分の1はその使い道もわからないうちに過ぎ去り、最後の4分の1はその楽しさを味わえなくなってから過ぎて行く。しかも、その間の4分の3は睡眠、労働、苦痛、束縛、あらゆる種類の苦しみによって費やされる。人生は短い」

始めるに遅いということはない。やりたいことには早く取組み、全部やったらいいと思う。

人生は短い。

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