(18)育てる目線、育つ目線(2026.8.3)
松下幸之助の言葉に「雨が降ったら傘をさす」というものがある。当たり前すぎて拍子抜けするほどだが、現実には、この当たり前がなかなかできない。
私は今年の4月から個別株を始めた。年初から相場は上げ続け、6月時点で日経平均は7万円を超えている。簡単だった。狙いを定めた銘柄を買い、あとは放置しているだけで資産が増えていった。
ところがそこから相場は徐々に下げに転じた。下げ相場で放置は悪手である。勝とうと思えば、日々情報を追い、張り付いて判断を更新し続けなければならない。同じ「買う」という行為でも、上げ相場と下げ相場ではまるで別の技術が要る。損切りができず結局、塩漬け。センスが問われている。
住宅ローンも同じ構造だ。金利が下降局面なら変動金利が有利で、上昇局面なら長期固定が有利になる。どちらが優れた商品かではなく、どちらの局面にいるかで正解が入れ替わる。
晴れの日と雨の日に必要な行動は同じではない。むしろ、同じであってはいけない。
経営もまた然り。市場が拡大している時と縮小している時では、打つ手が変わる。厄介なのは、拡大期に成功したやり方ほど身体に染みついているということだ。成功体験が邪魔になる瞬間は、こちらの能力が落ちた時ではなく、市場の潮目が変わった時に訪れる。晴れの日に上手くいったやり方を、雨の日にも握りしめている。傘をささない、とはそういうことだ。
そして社員の育成もまた、環境によって大きく変わる。
私が育った昭和は、とにかく人が多い時代だった。競争が基本で、脱落者が出ても引き留めない。むしろ自分のチャンスが増えたと喜んだくらいだ。叱られ、しごかれ、辞めるという発想すら持たずに量を重ねる。厳しい環境にいるほど、不思議と人は選択肢が少なく感じるものだ。「質より量」の時代である。
今は違う。人口減により人は都市部と大手企業へ偏り、地方の中小企業はその煽りをまともに受ける。教育も、褒めて育てる、自信をつけさせる、という方向に変わった。ただし、修練や訓練の本質が「質より量」であることは変わっていない。変わったのはノウハウの情報量だ。必要な量は減っていない。短くなったのは、その量に到達するまでの時間である。時代に合わせて企業と社員は精進をする。結果として、能力の上がる速度はむしろ昔より速くなっているとさえ感じる。
雨が降れば傘をさす。育て方を時代に合わせて変えるのは、当然のことだ。
ただし、傘をさすというのは、あくまで方法論だということを忘れてはいけない。天気によって変わるのは傘の開き方であって、なぜ出かけるのかではない。どんな日でも変わらない目的があるからこそ、打ち手のほうを変えられる。企業でいえば理念であり、目的であり、ミッションだ。ここを取り違えると、器用に傘を持ち替えているだけで、どこにも辿り着かない。
そして育成において変わらないものは何か。私は「思い通りにならないことへの耐性」だと考えている。
人には生まれながらに、支配したい、思い通りにしたいという本能がある。政治家の権力欲もそうだろうし、経営者が語る「思い」も、正直に言えば同じ根から出ている。
しかし現実は、思い通りにならないことのほうが圧倒的に多い。読み通りに動かない相場、変わってしまった市場、育たない部下、そして思うようにいかない自分。
断っておくが、耐性とは我慢のことではない。黙って耐えろ、と言いたいのではない。思い通りにいかない場面でキーッと癇癪を起こしても、そこからは何も始まらない。感情を外に出して終わるか、周囲と建設的に議論して次の一手に変えるか。分かれ道は、そこにある。
だとすれば、耐性は一人では身につかない。議論には相手が要るからだ。上司の役割は耐えさせることではなく、その議論に付き合うことになる。そして、思い通りに育たない部下を前にした上司もまた、思い通りにならない現実に立たされている。育つ側だけが試されているのではなく、両者が同じ課題の前に立っているのである。
耐性とは、我慢して嵐が過ぎ去るのを待つ能力ではない。よりよい結果を目指して建設的な議論を重ね、改善へと繋げていく心構えのことである。雨をやり過ごす構えではなく、雨を前提に打ち手を変える構えのことなのだと思う。
最高経営責任者 蜘手 健介
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