セルロースファイバーによる自然素材住宅 一級建築士事務所ロビン 愛知県(名古屋市) 岐阜県(高山市)
自然素材住宅とリフォーム ロビン
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■Robin蜘手より 皆様へメッセージ 2010年9月 2010年09月30日(木) 15:19:06
やっと涼しい「ひと時」を一日のどこかで感じることができるようになってきました。しかし今年の夏は暑かったですね。とはいうものの私は子供と一緒に長い夏を満喫しましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
Robinの蜘手です。

「思い通りにならないこと」は山ほどあります。仕事や人間関係を始め例えば朝の目覚めが悪いとか今日のおかずはちょっと塩辛いとか。人間だれしも「思い通りにならないこと」にガッカリします。「どうして?なんで??」経営者でも親でも同じようなことをついつい考えてしまいます。そのたびに思い悩み、相手に強く言いたくなることもありますし、自分の非力を知ることもあります。
「思い通りにならないことばかり、、、」が世の常でしょうか。

私は10年間やめていたゴルフを2年前から再スタートさせました。余談ですが今のゴルファーは恵まれていますね、というと年寄りくさいですが、私がゴルフをし始めた頃は会員の紹介がなくては予約も取れませんでした。またプレーフィーもやたら高かったですし。今はNETで予約も可能ですしまったく縁もゆかりもない名門ゴルフ場でもプレーが可能になりました。また予算重視でいけば6000円程度で回れるところもあります。ずいぶんリーズナブルになりました。ただゴルフ場の品位という点ではやはりあきらかに場違いな人も見かけることもあります。時代に沿ってよいこともあればそうでないこともあります。これも世の常でしょうか。

話を戻しましょう。そのゴルフなのですが真剣にやればやるほど面白くなってきました。下手の横好きとはよくいったものですね。(ほっといてください、笑)そんなゴルフですが、うちの家内に「ゴルフのどこが面白いの?」と聞かれたことがありました。私はしばらく考えました、何が面白いのだろうって。そこでふと気付いたのですが、ゴルフの面白さとは「思い通りにならないこと」 ではないか、と。昨日上手くいったことが今日は上手くいきません。できたはずのことができなくなります。私にとってゴルフというスポーツは「思い通りにならないことだらけ」なのです。だからこそ向き合い、真剣になります。これがすべて思い通りになったらどうでしょうか。本当に楽しくなるでしょうか。そう思った瞬間、ふと力が抜けるのを感じました。一番、思い通りにならないこと。それが経営であり、商売であり仕事です。「私にとって一番の楽しみはやはり仕事なのだ」と気付きました。

毎日、多くのことがあります。仕組みやシステムを作り万全を期してもうまくいかないこともあります。むしろ上手くいくことの方が少ないのではないでしょうか。どれだけ対策を講じてもクレームも頂きます。その度にまた新たな問題や根本の解決を考え、人間的に成長をしなくてはいかんと強く思います。逆にだからこそまた楽しいとも思えます。お金の苦しみはもう二度と味わいたくありませんが、それも何かの学びだと思えば楽しくなります。ゴルフ同様、思い通りいかないからこそ知恵を使いますし考えることも進みます。経営が全て順調で全て思いにいっとしたら、財布は楽になりますが永く続けられるかどうかはわかりません。順調で全て問題なしでは成長意欲もでてきませんし、挑戦する価値があるでしょうか。不平や不満が全て解決したらきっとまた別の不満を探すのが人間だと思います。

思い通りになることが全てを幸せにするとは限りません。だとしたら思い通りにならないことを前向きにとらえ、そのひとつひとつの意味を知り「成長」をしたいという気持ちを持つことが重要なのではないでしょうか。思い通りにならないこと。これは神様が人間に与えてくれた宝物ではないか、だからこそ人には悩む権利があり、考える強さを持っていると思うのです。
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■くもでの徒然コラム 2010年8月 2010年09月02日(木) 09:34:36
残暑お見舞い申し上げます。しかし今年の夏は暑いですね。私どもRobinは張り切って毎日を過ごしています。皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
Robinの蜘手です。

太平洋戦争終結から65年が経ちました。私にとって終戦記念日である8月15日、この日になると戦争とは何なのだ?ということ、また今の日本国が平和であることに感謝をし、人間として忘れてはいけないことを思い出させてくれる日となっています。

 先日、大学の同窓会報が届きました。その中に65歳退職する教授(私も講義を受けていた)のコラムがありましたのでそれの一部を紹介します。

「広い目でみれば我々の世代は親の世代に比べて戦争や兵役がなかったことが幸運でした。親の法事に叔父が集まれば「北支でしたか、南支でしたか?」といった言葉でいつも会話が始まったものです。叔父たちの青春には戦争しかありませんでした。 また一方で樋口一葉や宮沢賢治たちが生きた明治期に書かれた書物にはコレラやペストが流行した話も出てきます。戦後という私たちの時代は戦争も伝染病も遠ざかり平和を享受できました。このような環境で教育と研究できました。」

 私の戦争に関する直接の話は祖母でしかありませんがすでに他界しております。39歳の私にとって戦争はもはや書物やメディアの世界になっておりそれら通してのイメージと伝聞でしか思いはせることができません。この時期になれば、「なぜあのような戦争が起こってしまったのか?」という話題も出ますが、もはや選択支のひとつとして選らざるをえなかったのではないかというのが一般的なようですし私もそう思います。当時はそのような空気だったのでしょう。

 この「空気を読む議論」は後年にならないと評価できない難しさがあります。例えばこの国の経済が破綻してしまった時に「なぜあの時に国民は未熟な民主党を選んだのか」という問いと同じです。ヒトラー時代のドイツもそう。「何かに対する期待感」はその当時のさなかでないとわからないものがあるのではないか、と思います。いずれにせよ、現実として歴史として、また物語として忘れてはいけないことであり、後人に伝える義務が私たちにあるのだということを改めて認識します。

負けて焼け野原になった日本はたくましく今日まで復興し世界の先進国として現在があります。近隣諸国とも色々ありますが現在、平和であることを思うと例えばもし日本が戦勝国だったらどうなっていたか?と考えてしまいます。果たして緑広がり自由で平和な今の日本と同じになっているでしょうか。 日本が戦争に勝っていたら、、、という発想はこれは想像の域でしかありませんが、日本は世界で有数の軍国家になり軍閥国になっていたのではないかと思います。政治も軍に影響力が強く残り国民の多くは兵役の経験をさせられ、徴兵制も残っているでしょう。常に戦争と隣合わせ、軍事大国になっているかもしれません。また第3次世界大戦もあった可能性は否定できません。国際テロのターゲットになっていたかもしれません。実は過去の歴史を見ると戦争は勝つことと平和とは決して同義ではないのだと思います。やはり先人たちは大変な時代を生き抜いてきたのだ、と思い返しました。

 私たちも今、悩み、問題、不安などを抱えて生きています。先人たちのことを思えば、少し気持ちも軽くなります。また平和である上にお陰様で今、私たちはこうやって自由な意見を自由な観点でブログなどの個人ソースを通して意見を述べることができる時代に生きています。

 次の世代に伝えることも私たちの義務であり、また先人たちへの感謝の心を忘れず、不戦の誓いを胸にこの平和が一日でも長く続くことを日本国民の一人として願うばかりです。
Auth 2012年05月19日(土) 14:46:06
God help me, I put aside a whole atfrenoon to figure this out.

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■くもでの徒然コラム 2010年7月 2010年08月05日(木) 08:42:52
皆さんこんにちは。いよいよ夏本番!遊びも仕事も良い季節になってきましたね!
Robinの蜘手です。

お陰様で弊社は力一杯、目一杯の状態で今日この頃を過ごしています。高山店はリフォーム中心ですが以前、お仕事をさせていただいた方の紹介やリピート工事の件数が増えています。お久しぶりのお客様、またクレーム事案になった方からの工事依頼など、この仕事冥利に尽きるといっても過言ではないです。名古屋店は新築・建て替えが中心ですが着工、完工などが重なっておりこちらも一杯一杯の状態で走っています。お客様にご迷惑もおかけする局面もありますが、その度に成長させて頂いていると実感しています。うちの会社は若い社員が多いのが特徴ですが、30歳前後の人間も多くここで怠けることを覚えるより量を重ね、仕事を覚え自立する時期でもあります。期待に応えるよう精進しますので皆さん、よろしくお願いします。

 さて夏休みといえば行楽やレジャーですが私は今年、スキューバダイビングのライセンスを取得しました。Cカード、オープンウォーターです。今年の夏は沖縄へ潜りに行こうと計画中ですが、いや〜とても楽しいですね、スキューバダイビング。私は冬場などに潜るタイプではなく季節によって遊びを変えるほうなのでこれからの夏は楽しみ、、、でも仕事を目一杯やっているので余計に面白いのだ、と思います。

今、うちの社員に足りないものがあるとすれば「遊び心」かもしれません。確かに20代、30代は仕事を覚え自立する時期です。だから「遊びそっちのけ」で仕事することも美しいと思います。しかし人生80年のうち、仕事を終え第2の人生を送るときに「何もできない状態」で余生を過ごせと言われるのも無理でしょう。また「遊ぶこと」で生き方に磨きがかかるような気もしています。

 私はこの仕事を始めた最初5年間はほとんど休みがありませんでした。年間の7日間くらい。それも熱を出したとか体調を壊したといった理由でほぼ毎日仕事でした。依頼してくださるお客様がいる、という嬉しさもあったのですが、休んでいる場合ではない、という毎日でした。しかしそんな日々も嫌いではなかったです。そりゃ知人などがレジャーに行ったりゴルフに行ったりと聞けばジェラシーもありましたが、、、。 

休めない日々、今思えば遊べない日々も嫌いではなかったのですが、やはり「これではイカン」と思ったきっかけは子供でした。忙しい日々でもいいから父親としてはしっかりとしたい、という思いは常にありました。しかし長男が生まれてからもまったく子供の相手もできない時期もありました。当時の写真やビデオを見かえすと私の姿がほとんどありません。ま、経営者ってこんなもの、と思っていたのかもしれません。

しかしある写メールが私に届いたのをきっかけに「仕事の取り組み方」が変わりました。その写メールとは「自転車乗れるようになったよ」という長男の自転車に乗っている写真でした。それまでなぜか、「自転車を教えるのは父親の使命」と勝手に思っていた節があり、その写メールを見た時は涙が出て止まりませんでした。「俺って何やってんだろ、、、」
 
私の家内は私の仕事についてあれこれ言うタイプでもなく、育児も本当によくやってくれています。これが「このままじゃ家族の成長と豊かな暮らしを提案し提供している俺自身が空っぽになるんじゃないか」と思ったきっかけです。

夏は海へ行き、冬はスキーに行く。子供にその楽しみを教え、また子供も学校以外の体験をしてゆく、そんな当たり前のことがまったくできていませんでした。仕事もバリバリやって少し遊びも入れてゆく。日頃、休みも取りにくい業種であるからこそ、楽しみを作らなくてはいけない、そう感じる今日この頃です。
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■くもでの徒然コラム 2010年6月 2010年07月13日(火) 16:16:14
皆さんこんにちは。梅雨入りしましたね、緑は映えるこの季節に暑い夏の準備をしようと思っています。Robinの蜘手です。

ご承知の方も多いと思いますが、弊社Robinの創業はリフォーム事業がスタートでした。夢や希望を持って創業する経営者もおられると思いますが、私はどちらかと言うと将来このままでは食うに困ってしまうという理由が多くを占めました。もちろん誰に頼んだらいいかわからないとか、細かい仕事でも気持ちよくやってもらいたいというニーズもありましたが当初は必死でした。(今も必死ですが)創業立ち上げはチラシや口コミの反響も多く、上々のスタートでした。当初予想していた仕事量の3倍くらいはあったと思います。色々と気にかけてくれていた周りの(特に親)心配をよそに多忙な日々が続きました。

リフォームというのは大きく2つの種類に分けられます。1つは夢と希望に満ち溢れたリフォーム。家族の成長や時間の経過によるライフスタイルの変化により「もっとこうしたい」という未来を夢見るリフォームです。親の実家をリフォームして2世帯にしたい、というのもこの種類になるでしょうか。前向きで「こんなにリフォームしたんだから頑張ろう!」と施主様も思ってくださるものです。もう1つは「仕方なく、やむにやまれず」というリフォームです。例えば外壁塗装やシロアリ被害などもそうでしょう。できればしたくはないが、生活するのにどうしてもやらなくてはいけないというもの。予定外といえば予定外ですが住宅はその予定外も範囲内であれば心の準備はできているものです。

 リフォーム事業を始めて3年くらい経ったとき、あるお客様の出会いがありました。「新築をして2年目なのだけどシロアリが出たから見てほしい」という要望でした。さっそく、私は伺いました。調査をしてみると、浴室周りから洗面所の一部にかけてシロアリが発生しており土台などがしっかりと被害にあっていました。取りかえが不可欠ですが浴室周りをリフォームすれば100万円以上はかかることを伝えました。「これは断熱の問題もあるしもしかして施工不良の可能性もあります。だいたい新築2年目でこうなるのはビルダーの責任もあるのではないですか?」するとお客様は涙を浮かべ
「新築をしてくれた工務店とはもう顔も合わせたくありません。相談したら「そんなのは知らない、責任はない」と言われたのです、素人だから全部任せていたのに、、、」 

私はとても心苦しくなりました。結局、100万円以上をかけてリフォームをしたのですが今あるローンに加え、子供のためと少しづつ貯めていた貯金を崩し工事をされたのです。「こんなリフォーム工事はあっちゃいけない。本当にこのリフォーム事業だけが私の使命なのだろうか」よし、新築に取り組んでみよう、そして木造住宅でもしっかり長持ちをする住宅を研究してみよう、これがきっかけです。

その工務店は間違っていないかもしれませんがお客様が嘆いておられることは事実です。きっと建築するまではすごく温和な方だったのかもしれません。完工後、豹変とまではいかなくとも責任から逃げることはやはりどうかと思います。予算の関係で断熱が不足した、ということもあったかもしれません。

しかしこうやって建築をしていて思うのは予算カットは断熱や構造ですべきことではないということです。リフォームをたくさんやっているから言えることかもしれません。また住宅建築をすればするほど「住宅は設計で8割が決まる」と考え始めました。今はまだまだ非力ですが設計に力を入れています。今後はリフォームにも設計力を加えられればと考えます。しかしいつの時も「お客様にどう理解を頂き、役に立つことができるか」が重要だと思います。初心忘れるべからず、ですね。
Nona 2011年04月27日(水) 11:29:38
I'm ipmrsesed! You've managed the almost impossible.

Destrie 2011年09月02日(金) 00:05:24
There's a serect about your post. ICTYBTIHTKY

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■くもでの徒然コラム 2010年5月 2010年05月25日(火) 08:12:28
皆さんこんにちは。5月も終わりですね。さわやかな陽気の日があると思えば雨がしとしとと降る日もあり季節の節目を感じる今日この頃ですがみなさんいかがお過ごしでしょうか。Robinの蜘手です。

「夢を叶える人生はきっと素晴らしい」誰もがそう思っています。みなさんもきっとそうだと思います。あんな風になれたらいいな、こんな人生は楽しいだろうな、と夢や希望を持つということは大切です。また叶えることができなくても少しでもその夢に近付ける努力はそれ以上に素晴らしい何かを教えてくれます。例えば間寛平さんは世界マラソンで世界のどこかで走っています。完走が彼の夢ですが、仮に完走できなくても私たちは彼の夢にトライする生きざまに何かを感じることができます。

夢、、、人生は選択の連続、自分で決めた人生なのですから夢を叶える人生、夢を叶えようとする人生、私はそんな風に生きたいと思っています。しかし現実的に「あなたの夢は何ですか?」と聞かれても「うーーー」と言葉に詰まる人は意外に多いのです。それは「夢」というのがあまりにも大きな意味で捉えられているからでしょうか、特に大人になると考えもしないからでしょうか。また中には「夢ですか、、、ないですね」という人もいます。しかし夢という表現ではなくとも「実現したいこと」はあるのではないでしょうか。うちのカミさんにも聞いてみました。「おい、夢ってあるか??」すると「は?専業主婦の私にか?」と言われました。いきなりは難しい質問だったかもしれません、笑。そして私はカミさんに続けてこう聞きました。「じゃ、行ってみたいところはあるか?」すると「あーそれならある。オーロラを見てみたい」

そこで思いだしたことがあります。何かの雑誌に「夢を100個、書き出してみる」というものです。その時には何も感じませんでしたが、私は「思いは現実になる」と思うタイプですから、よーし100個書いてみよう、とトライしてみました。ここで蜘手流の夢リストの書き方を紹介します。
まず夢はやってみたいこと、達成したいことも含めます。夢リストというより「やってみたいことリスト」というほうが正解かもしれませんが、夢リストのほうがロマンがあるじゃないですか、笑。

またこれは潜在意識に少し手伝ってもらえるように「達成した形」で書きます。「建築士に合格する」ではなく「建築士に合格した!」というように。そしてリスト化するのは叶ったら赤線を引いて「実現したこと」をわかるようにします。まさに「夢を叶えた!」ということになります。できれば抽象的な夢ではなく、実現したかがわかるような設定がいいでしょう。「ダイビングに行く」という夢は測定しようがありませんから「Cカードを取得した!」「沖縄の慶良間でダイビングをした!」「石垣島でダイビングをしてマンタに会った!」というように。これだったら実行したら赤線で消してゆけます。なんせ100個ですからね、細かいことまで書かないとなかなか埋まりませんよ。会社経営でいえば「よい会社にしたい」という表現は測定しようがないですね。「無借金になった!」「バカンスがとれる会社になった!」なら実現できます。子供がアレルギーであれば「アレルギーが治った!」という夢より「大豆がOKになった!」「牛乳がOKになった!」のほうがよりリアルになります。また途中で変更しても追加してもいいでしょう。そして夢の横には「いつ」という時期を書きます。2012年までには、とか2011年5月にという具合に。

私も夢がたくさんあると思っていましたがなかなか100は埋まりませんよ、笑。今、やっと80くらいです。それでもガンダムのプラモデルまで入っていますから。ただし100個目の夢は書きこんでいます。「99個の夢を実現し90歳まで元気で寿命を全うする」です。私は90歳まで生きることにしました。カミさんは不思議そうな顔をしていましたが、、、。せっかくの有効期限付きの人生、たくさんのことに挑戦したいものです。
Gerry 2012年01月20日(金) 03:55:28
That's the smart thniknig we could all benefit from.

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■くもでの徒然コラム 2010年4月 2010年05月25日(火) 08:10:54
皆さん、こんにちは。Robinの蜘手です。そろそろ春の陽気が、、、という話題の時期ですが今日、15日はとても寒い1日でした。高山祭りの昨日、今日はあいにくの天候でしたね。しかし私ども名古屋と飛騨高山を行き来するものにとっては「桜」が2度楽しめる季節ですが高山はまだまだです。

4月といえば新年度ということでこの季節には私の大学の入学当時を思い出します。私は高校時代を高山で過ごし、大学で名古屋に来ました。南区にある大同工業大学という理系の大学なのですが、アパートも決まりいよいよ1人で高山駅から名古屋駅、そして名鉄常滑線に乗り大同駅まで電車に乗り、揺られながら外をみていました。何もかもが始めて、そんな青年には窓の外の桜が新鮮でした。 「桜ってこんな色しているんだ」何も知らない土地へ来た期待感と初めて親元を離れる不安と入り混じったなんともいえない高揚感を今でも覚えています。

しかし現実、私はとにかく親元を離れたかった、というのが正直な思いでした。それまで管理されているような(よくある青春の1ページなのですが)子供扱いされているのが嫌で、とにかく自立をしたかったという思いが強く大学もどこでもよかったのかもしれません。4年間はとにかく社会人になったらできないことをやろう、という気持ちもありました。何かにチャレンジしたかったというのは今でも変わりませんが好奇心旺盛だった青年でした。それと同時に色々な人と議論をしました。なぜ人は生きるのか、人生とは何か、生まれてきた意味は何なのだ、、、、ま、青かったのですね。

しかし歳を重ねるにつれ青臭い時代にしっかりと青臭いことをやってきたのはよかったのだと思います。アングラな世界も見ました。キレイごとじゃない世界も見ました。とても子供に誇れる仕事じゃない仕事も見ましたし、経験もしました。今となってはよい思い出、全て糧になっていますのでお許し下さい、笑。

しかし中身の濃い4年、結局大学を卒業ししばらくした後、実家である高山に戻ることになります。その4年間で少しは親のことも理解できましたし、理解しようと思いました。「将来は人に喜ばれる仕事をし、またこの名古屋へ戻ってきたい」その思いは実現をしました。

あれから約20年経ちました。おかげさまで皆様にご迷惑をおかけしながらもRobinは今年一杯の予定着工件数を確保しこれからの着工は9月まで埋まっている状況です。また道半ばですので特に感傷はありませんがこれまで順風だったわけではありません。苦しかったことしか覚えていません。特に2004年ごろ経営が厳しかったことがありました。全て私の判断間違いなのですが、社員に相談しようにも皆、若く負担が大きすぎました。何をやってもうまくいかない時期はさすがに弱気になります。それに追い討ちをかけて本丸である高山本店の売り上げも厳しい状況になっていました。そりゃそうです、売り上げの6割をやっていた私が営業を離れたのですから、判断も甘かったと思います。

「もう名古屋店を撤退しようか」と考えた時期がありました。その時、特に用事もなかったのですが「そうだ」と常滑線の電車に乗ってみたのです。確かこの季節でした。常滑線、電車の窓から見える桜はあのときのままの桜でした。揺られながら18歳当時の高揚感が心に戻りました。「よし、どうせ駄目でも前向きに倒れよう」思いが変われば不思議と縁を頂きました。捨てるべきものを捨て方針もガラリと変えました。今思えば当時は誰かの真似事ばかりを求め「お客様は何を求めているか、私たちは本気でそれを提供しているのか」をやろうとしてなかったのだと思います。

あれから年月が経ちまだまだ発展途上ですがやってきたことがのボンヤリが確信に変わりそれが現実になってきています。自立心を求めた青年の「桜」は今も心の中に咲き誇っています。あの時に常滑線に乗っていなければ今の私はなかったかもしれません。私の青春はまだまだ続いているのかもしれません、、いや終わりなき青春、悩みは尽きぬ、、、でも私は幸せです。
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■くもでの徒然コラム 2010年3月 2010年05月25日(火) 08:08:53
皆さん、こんにちは。Robinの蜘手です。自邸から見える山の雪もすっかり溶け、木々も待ってましたというように躍動しているのを感じます。芝があるのですが雪解けしたてのまだ茶色をした芝の間からさっそく雑草が待ち焦がれたように生えていました。雑草も1つの命。「逞しくあきらめない心」雑魂という言葉もあるように小さな雑草にも強くしなやかな命を感じました。

この世には人間だけが存在するのではなく、動物、植物、、全てに命があり、命あるところに成長があります。成長があるところに私たちは生きていることを実感するのです。

「命の尊さ」といえば安易や表現ですが、子供を虐待死させる事件が後を絶ちません。このような事件を耳にすると悲しいという前に言葉を失ってしまいます。自分の子を殺める、、、どうしてそのような事件が起こってしまうのでしょうか。

気になって虐待というものを調べてみました。発表によると2008年には児童相談所で対応した虐待の件数は4万2662件で過去最悪を更新、加害者の約半数は実母だそうです。子供は全て望まれて生まれてきて欲しいとは思いますがそうではない子もいるのでしょうか。また親として頑張ろうと思っても環境等の理由により上手くいかないこともあるのかもしれません。今の世の中、子育ての前に社会全体で親教育を本格的に取り組む必要性を感じます。この発表元によりますと今後このような事件は増加すると考えられているようです。

私に何かできることがないかと考えますが何ができるでしょうか。このような事件を見るたび「子供って親の所有物でない」と強く思うようになりました。子供って一体、誰のものなのだろうか?親のものか??親のものではない。そんなことをしばらく考えていました。

私が色々と考えた答えは「子供は子供自身のものである」でした。当たり前かもしれませんが、それを意識している人は少ないのではないか、と思います。私もそうでした。無意識に「子供は親のもの」と思っていたかもしれません。

では親とは何でしょうか?親は子供を育てる義務があります。私もそう考えていました。しかしそう考えると自分の子供だけを育てればいいことになります。また他人の子は関係がないことになります。それは違うと思います。確かに親は生み出した血のつながった関係には間違いありません。しかしそれは大きい意味はたいしたことではなく、やはり子育ては私は親としての義務ではなく、大人としての義務ではないかと考え付きました。親は生んだ責任上、自分の子として子供が社会の一員として自立をし生活してゆけるまで育て預かる存在です。しかしそれは大人の義務なのだと思います。例えば、子供を生んでみたけど、親として自分がその務めが果たすことができない、、、としたらどうしたらいいでしょうか?親として経済的にも教育者としても権利も知識もないとしたらです。これは親ではなく大人として誰か他の大人にお願いをする、それが大人としての責任だと思います。経済的に問題がある、夫婦間が上手くいっていない等の個人的問題によってそのはけ口を子供に向けるとは親の前に1人の人として問題があるのです。だから裁判で親として、ではなく1人の人間として裁かれるのです。「子供は親の所有物」ではない、ただ一番近い大人として育てる義務はあります。もしその義務が果たせなければ他の大人にお願いするしかありません、自分で殺めるなどもってのほか。

また大人の義務として子供の教育があるのではれば、近所の子や他人の子が正しい道にいくことも私の義務になります。人は他人との関わりを拒絶しては生きてゆくことができません。自分の子は自分の子、他人の子は他人の子ではなく、1人の大人として、社会の一員としての子供として意識をしなくてはいけないと思いました。自分の子ではなくとも立派に育てられている方もたくさん知っています。子育ては大人の大切な仕事、無償の愛だと思います。子供は子供自身のもの。残念で悲しいニュースはこれっきりにして欲しいと心から祈ります。
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■くもでの徒然コラム 2010年2月 2010年02月23日(火) 08:38:49
皆さん、こんにちは。Robinの蜘手です。我が故郷、飛騨高山は冬真っ只中ですが私はこの季節が嫌いではありません。1つは大好きなスキーに行けるから、もう1つは「春」という楽しみを待つことができるからです。映画も上映前に別の映画の告知がありますが、あの感覚。ジェットコースターで乗る直前、並んで待っているあの感覚といえばご理解いただけるでしょうか。高揚感が好きなんですね。「高山の冬は大変でしょう」とよく言われます。確かに雪も降りますし出かけるにも億劫になりますが、私はまったく苦になりません。性分なのでしょう。今年の春はせっかくバイクを昨年購入したのでせめて1回は遠出をしたいと考えています。楽しみは尽きませんね。

さて、うちの長男もこの4月からは4年生、長女は新一年生になります。長女には私が留守中に「あの人、帰ってくるの?」と言っていた様で、、。あの人ってどうよ、笑。また長男の小学校4年生といえば10歳の年。恩師から聞いた言葉によると教育界には「10歳の壁」というのがあるようです。勉強についていけない、友達とうまくやっていけないなど子供の資質が別れる年だそうです。「○○をしたらどうなるか?どう思われるか?」というような相手の感情を客観的に感じることができる年齢、また自尊心や自分の感情などがしっかりと表れるようです。反抗期にみえることもこの年からあるようです。私も思い返せば4年生ころから周りでいじめというようなものではありませんが、仲間外れや遊びグループなどができた年齢だった記憶があります。あの子の付き合いやすく、あの子は付き合いにくいなどということもでてくるのでしょう。ま、必ず通る道とはいえ本人のやりたいこともしっかりと理解しながら見守りたいですね。そうそうご報告ですがうちの長男がやっと牛乳も飲めるようになりました。これで全てのアレルゲンの克服ができたことになります。10年かかりましたね、涙。

ご存知の方もおられるかもしれませんが、私どもの長男は生まれたときから極度のアレルギー体質でした。血液検査の種類でアレルゲンのテストがあり結果にはIGEという指標が出ます。これは簡単にいうとアレルゲンに対抗できる免疫をどれだけ持っているか、という検査なのですが例えば標準が2000〜3000という値に対し、うちの子は多くのアレルゲンに対し1万を超えるものも多く、中には測定不能というものもありました。アレルゲンの中でも主要な米、小麦、大豆、卵、牛乳のうち米以外は「NG!!」という数値。特に卵、牛乳、小麦はひどく「誤食、誤飲すると命に関わる」とまで言われました。何気なく食べている小麦、卵や牛乳を含む製品はたくさんあります。ケーキ、パンなども食べられないことが続きました。大豆が駄目なわけですから醤油も駄目でした。普通の醤油をつけるだけで体中にブツブツが出てきて「かゆいかゆい」となるのです。ですから我が家の食卓は米と魚が中心でしょうゆも米醤油というものでした。

命に関わると言われれば私も調べないわけにはいきません。というのも私もアレルギー(アトピー、花粉症)を持つ身でしたから、私個人の生活を改善するきっかけにもなりました。たまたまアレルギーに詳しく信頼できるお医者様と会えたことも幸運でした。子供のアレルゲンの克服は腸の成長とともに改善されます。まずは大豆が解禁され、小麦、卵、そして牛乳の順に克服してゆきました。幼稚園や1年生のころは友達とまったく違う給食でしたのでかわいそうな気がしましたが、本人は至って平気なようでそこは救われた気がしました。そんな近況です。

しかしどんどん大きくなる子供を見て成長は頼もしく感じますが、果たして親としてどのくらいのもんでしょうね。良い親というものが関わった時間に比例するとするならば完全に失格ですね、でも元気よく毎日を過ごしていることに小さい幸せを感じます。と、同時にきっとうちの親もこんなんだったんだろうか、と思う今日この頃です。
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■くもでの徒然コラム 2010年1月 2010年01月22日(金) 09:10:40
明けましておめでとうございます。昨年に引き続き今年も目一杯頑張りますのでよろしくお願いします。ずいぶんと遅い新年ご挨拶となりましたが皆さんいかがお過ごしでしたでしょうか?
Robinの蜘手です。

お正月といえば思い浮かべる文がありますのでご紹介します。松下幸之助爺の言葉です。
心あらたまる正月(以下、パナソニックHPの1日1言より転載)

「竹にフシがなければ、ズンベラボーで、とりとめがなくて、風雪に耐えるあの強さも生まれてこないであろう。竹にはやはりフシがいるのである。同様に、流れる歳月にもやはりフシがいる。ともすれば、とりとめもなく過ぎていきがちな日々である。せめて年に一回はフシをつくって、身辺を整理し、長い人生に耐える力を養いたい。そういう意味では、お正月は意義深くて、おめでたくて、心もあらたまる。常日ごろ考えられないことも考えたい。無沙汰のお詫びもしてみたい。そして、新たな勇気と希望も生み出したい。すがすがしくて、さわやかで、お正月はいいものである。」


この時期になると成人式における若者の無礼な行為が話題になります。会場で騒ぎを起こしたり飲酒をしてみたり。大人への儀式ではありますが必要か不必要かという議論にまで発展していましたが、若者にすべてを理解し空気を読めというのも無理な話かもしれません。
かくいう私も昔、若い頃は「なんで正月にわざわざ神社へ行かなきゃいかんの?」と反抗していた時期もありました。騒ぎこそ起こしませんでしたが、行儀の良い青年でもありませんでした、笑。しかし会社を構え上の立場にたってみると古くからの礼節や礼儀、風習や文化、伝統というものの大切さというものも理解でき始めました。その頃であったのがこの文です。なるほど、一年という区切りをつけることでフシを作り長い人生を生きていくのだということがスーっと心に染み渡りました。

それ以来、お正月といえばこの話を思い出します。またおかげさまで弊社、株式会社ロビンも今年で10年目を迎えます。10つの節を作ってきたわけですが、まだ10年かという気持ちと、もう10年もたったんだ、という気持ちが混ざり合います。こうやって皆様と向き合ってお話できることに感謝しております。
長く経営をされている方からすれば「たかが10年」ですがこれまでいろいろなことがありました。会社立ち上げは2名の出発でしたし、当初5年間は休日も年間7日間くらいしかなかったですね。殺人的な時期ですと朝4時から夜の12時までという時もありました。しかし今思ってみても苦しいとか辛かったという思い出はありません。誰かにやらされていた義務感ではなく、自分が始めた使命感が強かったのだと思います。今でこそ20名、まだまだ小世帯の会社ですが設立当初からスタッフに言い聞かせ、また自分自身に言い聞かせてきたことがあります。

それは「今だけ、金だけ、自分だけ」という考え方は絶対にしてはいけない、ということです。今だけよければいい、お客様にわからないから蓋をしてしまえ、お金さえもらえればいい、自分だけがよければいい、このような考え方は短期的に良い結果になるかもしれませんが長期的に見れば必ず破綻します。

私は「お天道様が見ている」という言い方もします。例え法に触れなくても卑怯な判断やその場しのぎの決断は必ず自分に降りかかってくる、筋を通さないやり方はしてはいけない、という使命感でやってきました。特に今の世の中は「今だけよければいい」という場当たり的で短期的なことが多すぎます。もっと未来を見よう、自分が我慢をしても人と分け合おう、損得ではなく善悪で考えよう、、、

企業とは人なりといいます。私も企業経営は人間教育だと思っています。「家を作りリフォームをする会社である前に立派な人作りの会社でありたい」今後とも長い目でロビンを見守って頂ければ幸いです。
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■くもでの徒然コラム 10月 2009年11月09日(月) 10:43:42
皆さん、こんにちは。Robinの蜘手です。
先日は祖母の7回忌の法事でした。その時に住職さんから聞いたお話が大変印象に残りましたのでご紹介します。

ある会社の入社試験の話。その会社では社長が直接面接をするのですが、二つの質問をするだけだそうです。
一つ目は「あなたはお母さんの肩たたきをしたことがありますか?」お小遣い欲しさなどでの経験があり、ほとんどの人が「はい」と答えるそうです。

そして二つ目の質問が「あなたはお母さんの足を洗ったことがありますか?」
さすがにこれはほとんどの人が「ない」と答えるそうです。私もありません。
そこで社長がこう面接の宿題を出します。
「お母さんが健在であれば3日以内にお母さんの足を洗ってきてください」

「3日以内に母親の足をあらってくればそれで面接合格?それなら楽々だ」と思いながら、家に帰って2日間経ちましたがなかなか恥ずかしくて言うことができませんでした。とうとう3日目の夕方、食卓の片付けが終わったあと、一息ついているところを見て「母さん、ちょっとこっちへ来て」と縁側に母親を呼びました。
「母さん、今受験している会社の社長が母さんの足を洗って来いって。ちょっと足貸して」
とたらいにお湯を汲んできて、恥ずかしそうに足を出してくれた母親の足を鼻歌まじりに洗いはじめました。
本人にはこれで合格かな、と思っていたのでしょう。右足を洗い終わりました。そして左足を洗いはじめたとたん若者は「はっ」と目に入ったものを見て驚きました。

その若者の手に触れたのはあまりにも荒れてひび割れたガサガサの母親の足だったのです。女性の足は白くて柔らかいものだと思っていた若者、母親の足も当然白くて柔らかい足だと思っていたのですが、実はゴツゴツとしひび割れた足だったのです。

実はその若者は幼い頃に父親を亡くし、母親が女手ひとつで自分を育ててくれたのでした。
きっとロクにおしゃれもせず、しかし子供に恥ずかしい思いをさせたくないという思いで必死にここまで育ててこられたのでしょう。そのガサガサとした足を洗いながら、「苦労をかけたんだな、俺って」と思った若者は
「母さん、長生きしてくれよな」の一言、声をかけました。
すると若者の洗う手に、暖かい水滴が1粒、2粒の落ちてきました。
その言葉に嗚咽する母親の涙。初めて自分に優しい言葉をかけてくれた息子の言葉。

涙を知った若者はたまらなくなって「ありがとう」と一言残し、顔を上げることができないまま自分の部屋に戻り、一睡もできなかったそうです。次の日、再度面接におとずれた若者に社長はこういいました。
「君はお母さんの足をあらって何か気付きましたか?」
「今まで一人で生きて大きくなったと思っていましたが違いました」
「そうだ、今まで君は決して自分一人の力で大きくなって来たんじゃない。いろんな人の支えがあって成長してきたんだ。多くの人は自分自身だけで生きてきた気がしているが、そうじゃない。実際には多くの人に支えられて生きてきたんだ。それに感謝する気持ちを今知ってほしい。」続けてその社長はこう言ったそうです。

「私は偉くて社長をやっているわけではない。たくさんの従業員、取引先、お客様に支えられて、人と人との関わりあいの中で社長という役割を担っているだけなんだ。しかし私もたまにその感謝を忘れそうになる、だからこうやって君の体験、学びを聞いて、私も成長するんだ」
そしてこの若者は入社試験に合格しました。

この話は実話だそうです。感謝を知るということ。魂を磨くということはこうゆうことをいうのでしょう。
ついつい忘れがちですが、また学び、気づきを頂いたことに感謝した今日この頃です。
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