今日の高山は朝から小雨。
Robinの蜘手です。
自分の目の前に魔法使いが現れ、
「好きな年齢のまま、永遠の命を手に入れることができる魔法をさずけよう」と言われたとしたら?
という質問を自分に投げかけてみました。永遠の命が欲しいか?という質問です。
永遠の命、、、確かに魅力ではあります。
しかし愛する人や自分の子供、友人などが次から次へと齢を重ね、先立っていくのに耐えることができるかなとも思います。
たぶん無理だろうな、、、。
そう考えると人を関わることが私の人生の価値観になっているのかもしれない、と感じます。
自分だけの人生なんてツマラナイと。
と、同時に死ぬということはどうゆうことか、と考えます。
確かに死への恐怖は誰もが感じるものでしょう。
先の魔法であれば「自分で死ぬ時期を選ぶことができる」だといいのかもしれません。
しかしそれは自ら命をコントロールするという、これもいかがなものかと思います。
やはりいつかは死ぬ、しかしいつかはわからない、というところが人生の最大のテーマなのでしょうか。
なんだか宗教っぽくなってきましたが。
「諸行無常」
形あるものはいつかは崩れ、永遠は存在しない。ということ。
そう考えると我々は「有効期限付き」の人生を過ごしているということになります。
私は38歳になりました。平均寿命76歳だとすればちょうど半分まできました。
うちの長男は9歳、18歳で家を出るとすればあと9年しか一緒にいられません。
人生は短い、と考えればできるだけ小さいことにこだわらず、したいことを全部叶えるために前向きに生きること、が当たり前に思えます。
人を傷つけたり、また人に傷つけられたりすることもあると思いますが、それも短い人生の中で何を学ぶかということなのでしょう。
今は魂の時代だといわれます。
魂は磨くことで成長をしますから、やはり人格の成長というのは意識しようが無意識だろうが短い人生を生きる我々にとって重要なのでしょう。
しかし短い時間、限られた時間だからこそ有意義に過ごす意味があるのではないでしょうか。
【「明日は、明日こそは」と、人はそれをなだめる。この「明日」が、彼を墓場に送り込むその日まで。という】
というツルゲーネフの言葉があります。
明日こそは、次こそは、、、 私のゴルフみたいで、嫌になりますが、、、。
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