Robin蜘手より 皆様へメッセージ
2010年4月15日
皆さん、こんにちは。
Robinの蜘手です。そろそろ春の陽気が、、、という話題の時期ですが今日、15日はとても寒い1日でした。
高山祭りの昨日、今日はあいにくの天候でしたね。しかし私ども名古屋と飛騨高山を行き来するものにとっては「桜」が2度楽しめる季節ですが高山はまだまだです。
4月といえば新年度ということでこの季節になると私の大学の入学当時を思い出します。
私は高校時代を高山で過ごし、大学で名古屋に来ました。南区にある大同工業大学という理系の大学なのですが、アパートも決まりいよいよ1人で高山駅から名古屋駅、そして名鉄常滑線に乗り大同駅まで電車に乗り、揺られながら外をみていました。
何もかもが始めて、そんな青年には窓の外の桜が新鮮でした。
「桜ってこんな色しているんだ」
知っているはずの桜の色がやけに鮮やかに写ったのです。
何も知らない土地へ来た期待感と初めて親元を離れる不安と入り混じったなんともいえない高揚感。
しかし現実、私はとにかく親元を離れたかった、というのが正直な思いでした。それまで管理されているような(よくある青春の1ページなのですが)子供扱いされているのが嫌で、とにかく自立をしたかったという思いが強く今思えば大学もどこでもよかったのかもしれません。
4年間はとにかく社会人になったらできないことをやろう、という気持ちもありました。何かにチャレンジしたかったというのは今でも変わりませんが好奇心旺盛だった青年でした。それと同時に色々な人と議論をしました。なぜ人は生きるのか、人生とは何か、生まれてきた意味は何なのだ、、、、ま、青かったのですね。しかし歳を重ねるにつれ青臭い時代にしっかりと青臭いことをやってきたのはよかったのだと思います。アングラな世界も見ました。キレイごとじゃない世界も見ました。とても子供に誇れる仕事じゃない仕事も見ましたし、経験もしました。
今となっては良い思い出、全て糧になっていますのでお許し下さい、笑。
中身の濃い4年、結局大学を卒業ししばらくした後、実家である高山に戻ることになります。
その4年間で少しは親のことも理解できましたし、理解しようと思いました。今では私も親になりました。
「将来は人に喜ばれる仕事をし、高山でしっかりと基盤を作ってからまたこの名古屋へ戻ってきたい」
あれから約20年経ちました。
おかげさまで皆様にご迷惑をおかけしながらもRobinの名古屋店は今年の予定は埋まっている状況です。
また道半ばですので特に感情はありませんがこれまで順風だった、、、わけではありませんでした。むしろ苦しかったことしか覚えていません。
名古屋店の経営が厳しかったことがありました。全て私の判断間違いなのですが、社員に相談しようにも皆、若く負担が大きすぎました。
何をやってもうまくいかない時期はさすがに弱気になります。
それに追い討ちをかけて本丸である高山本店の売り上げも厳しい状況になっていました。
そりゃそうです、売り上げの6割をやっていた私が営業を離れたのですから、判断も甘かったと思います。
「もう名古屋店を撤退しようか」と考えた時期がありました。
その時、特に用事もなかったのですが「そうだ」と常滑線の電車に乗ってみたのです。
確かこの季節でした。
常滑線、電車の窓から見える桜はあのときのままの桜でした。
「桜ってこんな色しているんだ」
揺られながら18歳当時の高揚感が心に戻りました。
「よし、どうせ駄目でも前向きに倒れよう」思いが変われば不思議と縁を頂きました。
捨てるべきものを捨て方針もガラリと変えました。
今思えば当時は誰かの真似事ばかりを求め「お客様は何を求めているか、私たちは本気でそれを提供しているのか」をやろうとしてなかったのだと思います。
あれから年月が経ちまだまだ発展途上ですがやってきたことがのボンヤリが確信に変わりそれが現実になってきています。
自立心を求めた青年の「桜」は今も心の中に咲き誇っています。
あの時に常滑線に乗っていなければ今の私はなかったかもしれません。
私の青春はまだまだ続いているのかもしれません、、いや終わりなき青春、悩みは尽きぬ、、、そんな今日この頃です。
コメント受付中です
コメントを追加