セルロースファイバーによる自然素材住宅 一級建築士事務所ロビン 愛知県(名古屋市)岐阜県(高山市)
 
 
2012年 01月 14日

今日の飛騨高山は曇り模様です。Robinの蜘手ですこの1週間、仕事初めから引き続きバタバタしておりました。11日には東京にてオクタ社の20周年記念に出席。そのままとんぼ返りをしてシクミ研究会を2つ。昨日のうちに高山へ。「ブログ、更新されていませんね。お忙しいのですね」 ま、そうゆうことにしておいて下さい。昨日までの2日間はシクミ研究会でした。通常の出張や業務ならまったく問題ないのですが研究会はずっと話通しですから、体の芯までクタクタになります。(しかし今朝は早くから弟と写真を撮影しに行ってきました。午前のうちには帰ってきましたが。)研究会の方は1月ということで少し重い話ですが、人生とは、ということに通ずるような私の価値観をお話しました。前のブログにも書きましたが、「企業の目的は?」と10人に聞けばさまざまな答えがかえってきます。顧客満足、社会への貢献、未来への活動、自己実現や理念の実現など経営者の価値観によってその企業は目的を定めています。P・ドラッガーは「顧客の創造」といっています。それも1つの目的でしょう。私たちの労働集約型の仕事の場合、企業とはすなわち「人」をさします。人の集合体は組織。ということは企業=組織といっていいでしょう。組織の活動の目的は企業の目的と同義になるということです。その組織を2つに分けると、経営陣と社員になります。そのどちらとも同じ目的を持ち、仕事をするですが、その<仕事の内容>でいえば経営者と社員にははっきりと違う責務があります。それは「経営者は人を育てなくてはいけない」ということです。人を育てる、これに経営者は力を注がなくてはいけません。もちろん経営者自身も社員から学ぶこともあるし、全てに優位なわけではありません。ここでいう育てるというのは高見から言っていることではありません。弊社ももがいています。山積する問題を抱えつつも、社員1人1人がたくましく成長するようにと願っています。社員の問題はすなわち、私の問題です。社員の成長を求める、ということはより一層、私自身の精進が必要だということ。私の能力は決して高くない。だから学び続けなくてはいけないのだと思っています。私は20代、半ばにこう教えて頂いたことがあります。<蜘手くん、自分だけの人生は一世、親子は二世の繋がりになるんだ。しかし師弟は七世、いわゆる永遠に繋がることになるのだよ>師弟の関係とはここでは経営者と社員を意味します。<師弟の間には教育が入る。教育に必要なものそれは「尊敬」だ>経営者は常に尊敬に値する立場であらねばならない。裏を返すとせめて<がっかりされるような>言動はすべきではない、という生き方を問うことになります。尊敬できない経営者、尊敬できない先生、尊敬できない親、、、。世の中の師弟の師であるべき人が尊敬できない、これほど不幸なことはありません。そうなると尊敬しないものに責任があるのか、それとも尊敬をさせない親に問題があるのか。企業の目的を実現するためには、経営者自身の身の置き方、生き方が問われるということだと思います。<人生が素晴らしきものであってほしいと願うのであれば、青い鳥が実際にいるかいないかは問題ではない。いると思った方が幸せならそれでいいのではないか>生き方が問われるということになると、それはどうゆう意味を含むのでしょうか。こんな計算があります。大学を卒業後、60歳まで勤めあげた場合の時間 (60歳-23歳)×(365日-95日休日)×8時間=約8万時間60歳からま、だいたい死ぬであろう80歳までの自由な時間(80歳-60歳)×365×11時間(そのくらいの時間が空くでしょう)=約8万時間そうです。実は仕事を辞めてしまって<ただの人>になった時の時間は、命をかけて魂を燃やして熱中して仕事をする時間とほぼ同じなのです。老後などというのはとんでもない、仕事を卒業するだけのことでありとんでもなく長い時間が残されています。企業の目的だの、組織の目的、働く理由などと今の問題をひとくくりにするような議論をしたところで、もっとも大切なことが抜けている、それに気づきます。それは「人生の目的は何だ?」ということにほかならないのではないか、そんなことを考えています。ただ生きることが目的ではないと思います。運命に向き合うことも決してやさしいことではありません。カルマとは、宿命とは、自分が生まれてきた理由とは、、、、<優しさは罪悪感の裏返し>そんな話をさせて頂きました。今まで人に迷惑をかけ、ロクでもない人生を歩んできたからこそ仕事を通じ、多くの人に役に立ち、喜んでほしい。私の人生の目的は何でしょうか?皆さんにもきっとあると思います。私も引き続き、深く考えていきたいと思います。


2012年 01月 06日

 さて、Robinの第12期がスタートしました。今年もよろしくお願いします。

Robinの蜘手です。

今年の仕事初めはスケジュール的に全体会議とRobinDNAacademyという勉強会でした。

昨年も色々とありました。震災や原発問題など外部の要因も多くあった年でしたが、私の身の回りにもさまざまなことがありました。
もちろんその中には嬉しいことも含まれます。しかし思い出すのは自分にとって耳の痛いことや辛かったこと、苦しかったことばかりです。性格な根暗なのでしょうか(笑)
お客様にもご迷惑やご心配をかける局面もありました。この場をお借りしてお詫び申し上げます。少しでもご期待を裏切らないように社員一丸となって精進したいと思います。

昨年、お客様からよく言われたのが「仕事の取り過ぎが原因で、それに伴って後手後手に回ることが多いのでないか」という声でした。
これも少し、正月休みの時に思案しました。一邸一邸をこだわりを持ったお客様と対応するのにかける時間を多くとることが必要になる、という社員の声もありました。

ここで売上を気にせず、棟数を減らすというのも一考です。社内の人員を増やすという対策より手っ取り早いでしょう。
しかし1件当たりの利益率も上げざるをえません。う~~ん、、、。

もう少し考えてみます。一番いいのは棟数と仕事の質が現在の人員でバランスよくできることのなのでしょうね。今すぐは答えが出ません。

また正月、考えたことといえば「正月の目標なんてどうせ3日で忘れるから立てなくてもいいや」と思いつつも、子供に「今年の目標は?」と聞かれ、「一杯、遊ぶこと」と言ってしまったことでした。遊ぶというのは、それに熱中するという意味もあります。それにはもちろんそれ以上に、仕事に熱中するという意味です。私にとっては不謹慎ですが、仕事が一番の遊びだと思っているからです。

思い通りにならないからこそ、熱中できる。そう思っています。

今年はまた「仏教心」というものをさらに深めたいと思っています。

昨日のacademyでも話をしました。企業の目的は「顧客の創造」とP・ドラッガーは言っています。企業、すなわちそれは組織としての目的ということです。
組織の長である経営者の仕事の目的は何でしょうか。色々とあると思いますが、私は「人作り」だと思っています。

では育てられる社員にとって、それをリードするための経営者は、やはり社員の成長を上回る成長が必要とされます。そうなると経営者の仕事の目的は人作りとそれを通じた自己の成長、ということになるでしょうか。ま、これは個々の意見もあろうかと思いますが。

では「人生も目的」とは何でしょうか。ただ「生きること」でしょうか。そうすると長生きすることが目的になります。もちろん目的など持たずに生きることも十分に価値があるのだと思います。
しかし無意味で無為だと思われることだからこそ、無理にでも目的を持つこともまた生き方だと思います。

今年もそんな哲学的なことをこの事業で泥まみれになりながら深めていこうと思います。

また私はフェースブックもツイッターもやっておりません。経営者仲間にもよく聞かれますし、なんだか知りませんがメッセージもよく頂きます(笑)
今はその気がないので、このブログが皆さんへのメッセージの場だと思って頂ければ幸いです。

ブログも何か、伝えたいことメッセージを盛り込みたいと日頃書いています(書こうとしているが正解か)。何度も何度も書いて「やっぱやめるか」とゴミ箱行きになることもあります。
たぶんこの1年、その繰り返しでした。ゴミ箱行きのきわどいブログが欲しい方がおられれば、、、やめときましょう(笑)

何を言いたいか、記事のアップがマメではありませんが、皆さん、よろしくお願いします、ということです。

「食べログ」やらせ騒動でランキング操作は確認できず--消費者庁も動く http://japan.cnet.com/news/service/35012830/

カカクコムが運営する飲食店の口コミサイト「食べログ」。同サイトへの口コミ代行を行う“やらせ業者”の営業行為について、報道が相次いでいる。」

この国は資本主義だということでしょう、という結論は乱暴でしょうか。私はここ数年、情報の欺瞞に辟易しています。私のメールにも「口コミサイトで○○」とかたくさんメールは入ってきます。検索ランキングもなんとか知恵袋とか、もっと言えば、TVバラエティーももそうだし新聞もくだらないことばっかり。

「信用していたのに」という利用者もいると思いますが、むしろ楽しむくらいでないと。

東電の件にしても、誰がどう言っているかより、それを聞いて、自分の意思で考えることが大切ではないでしょうか。今の時代は自分に合ったものを探すことは難しいのではないでしょうか。(じゃ、ロビンのHPはどうなんだ、という意見もあるでしょう。直接、お確かめ下さい、、、。もちろんバスツアーやインタビューもやらせなしのガチですよ)

よく(特に東京)で、「この店はTVで取り上げられた店ですよ」なんて店に行って、大したことないじゃん、というと、私の味のレベルが悪いという評価になります。
「この店は芸能人がよく使うんですよ」だからどうしたっつの、といつも思います。

ネットは相対的にそして並列にモノを並べることにより、比べることが簡単になりました。その影響が多くなると当然、資本と利権が動きます。
賢い買い物をすることが可能になった分、自分では判断できないと思うこともあります。となるとこれからの買い物はどうすればいいでしょうね。

自分で信じるしかないですね。私は買い物をする時は賢い買い物を求めるのではなく、気持ちよく買い物をしたいという気持ちが強くあります。

信頼できる人を探す。そうゆう意味では私たちも精進をしもっとレベルを上げて、気持ちよく買い物ができる企業になれるようにと思います。
しかし私は本当にTVを見なくなりました。ちなみに最近のビジネス本もまったく読まなくなりました。もっともその時間も取れないというのが実情ですが。

なんだかグタグタと書いてしまいましたが、皆さん、今年もよろしくお付き合い下さいませ。


2012年 01月 01日

旧年中は有難うございました。本年もよろしくお願いします。尚、通常営業は5日からになります。皆様も有意義な休暇をお過ごし下さい。蜘手 健介


2011年 12月 27日

「この方、Robinさんの社長さんなんですよ」
「どんな会社なんですか?」
「家を建築したりリフォームしたりしている会社でさるぼぼにも顔が載っているでしょう」
「へえー社長さんなんですね!」

「あ、すみません。ロビンのクモデです」

この会話が行われたのは、大腸カメラの検査をする診察台でお二人にケツを向けてる状態の姿の時でした。
もう少し普通の姿でごあいさつをできればよかった、、、、

Robinの蜘手です。

ちなみに「さるぼぼ」とは飛騨地区に無料配布されるミニコミ誌。こちらはもう5~6年は掲載していないのですが、昔の印象が強いのでしょうね。驚きました。

随分前に胆嚢にコレステロール(と思われる)ポリープが発見されたと書いた記憶があります。毎回健康診断の時に指摘されるのも面倒ですし、不要なものであればということで来年、それを切除することになりました。その前段階として胃カメラなどを含め、体の全般的に詳細な検査をすることになりました。

私は来年早々に人間ドッグへ行くつもりでしたので、主治医に「人間ドックへ行くつもりですが、それと同等の範囲の検査をしてほしい」と依頼したところ、追加で大腸の検査を提案されましたのでそれに行ってきたというわけです。

検査の結果は「大変健康な腸」であることでした。腸内洗浄もしていることもあってでしょうか、非常に良い状態と判断されました。検査を体験した人ならわかりますが、モニターで自分の腸の中を見ることができるのですね。我ながらきれいな腸でした(自慢にならんか、、、)

「肉より野菜の方が普段、意識をして食べておられますか」と主治医に聞かれました。なんでも一般の人より少し腸が長いのだそうです。食生活に影響するようでした。それでも飛騨の人はその傾向があるといいますから、野菜を中心に食べる地域なのかもしれません。

来年は42歳で厄年です。そう言われれば色々なところに綻びも出る時期かもしれません。ケアには十分、時間を割き健康を維持したいと思います。

話は変わりますが、今日で弊社も仕事納めです。今年も1年、有難うございました。社員のみんなも本当にごくろうさまでした。有難う。

まだ納めることのできない部署や業務もあるようですが今日で一区切りつくことになります。

今年は色々ありましたね。世界を見ても、日本を見ても、身の回りを見ても色々ありました。そのどれについても忘れることのできない大切なことには違いありません。
しかし不謹慎で不真面目だと思われるかもしれませんが、こんな時、思いだすフレーズがあります。

「人は忘れることで、生きてゆくことができる」

あれもこれもと大変な思いを抱いて毎日を過ごすには辛すぎます。しかしかといって次から次へと忘れるのは寂しいもの。思いだした時にそのことが教えてくれた大切さや悲しみの涙をしっかりと受け止めることができるだろうか。そう思います。戦争の悲惨さも8月の終戦記念日くらいしか思い出さない人も多いのではないでしょうか。

嫌だったからと蓋をするように忘れてしまいたいこともあります。しかしそれを受け入れることなく忘却の彼方へ避けてしまえばいつまでたってもトラウマのまま、潜在意識の中への葬り去られるだけ。現実を直視し、自分なりに受け入れ、許し、そして昇華させることで、さまざまなことが思い出となり自分の成長の糧になるのだと思います。
震災もいくら大変だったとはいえ、その悲惨さを思い出して嘆くより、これからの生活をどうすればいいかを直視したほうが生き方としては楽ではないだろうか、と思います。
3月11日は未来永劫に語られるでしょう。しかしそのたびにもっと大切なことを知ったことも忘れてはならないと思うのです。

色々ありました。そして私たちはいつしかそれを忘れてしまうでしょう。まるでなかったことのように。しかし自分に記念日を作るようにある時には向き合って、ある時にはそれを思いだし、共有できることも人間ならではではないでしょうか。(うちの会社にもすぐ忘れる人がいますが、ある意味、幸せだと思います)

そういえば「年忘れ」という言葉もあります。今年の垢は今年のうちに洗い、また来年は心も体も新たなスタートを切りたい、そんな思いで仕事納めの1日を過ごしています。


2011年 12月 24日

Happy Merry Christmas!

Robinの蜘手です。

さて、いよいよ今年も大詰めになってきました。弊社は28日より4日まで休暇をとりますのでこの最終の土日が終われば仕事納めがみえてきます。
2011年という年は後年になっても多くを語られることになる年になるでしょう。ここにきて金正日まで逝ってしまうのでから驚きの連続でした。あと数日ですが、まだ大きな出来事が起きるでしょうか。

弊社も12月決算ですので事務仕事にバタバタしていますが、震災の影響は少なからず影響がでています。それでも最小限になったことを思えばまずまずでしょうか。

先日、私の学生時代の後輩でもあり今でも親交のある通称ジロー(本人の名前はジローではない)を名古屋へ呼びつけ忘年会をしました。学生時代の思い出といえば無くてはならない存在としてヒロシ・クニトウがいましたので久しぶりに会おうということになったのですが当日、胃腸カゼでダウンで残念ながら欠席、、、。会いたかったぜ!

2人ではさびしいので足立くんと信太郎氏を連れてプチ忘年会をしました。

学生時代といえば今から20年も前の話ですがこれまで何度となく話してきたエピソードや悪行(?)の数々をあーでもない、こーでもないと懐かしく話をしました。
もうすでにおっさん化しつつある私ですが、「あれから20年かー」と思うと時の流れを感じざるをえませんね。

ジローは長野県で親の後を継ぎ、精密機械の部品を作る会社をやっています。もう60代後半の父上はいまだ現場に出るということで今では収まったようですが親子での軋轢というもあったようです。私も学生を卒業後、父親の会社に入社し仕事を覚えました。2001年にこの会社を立ち上げたので親子問題があるといえばあったしないといえばなかった、と思いたいですがやっぱりありました。

未来の年数が違うから、意見が合うわけがない。

これが親子で仕事をする人へのアドバイスになります。未来を見て投資や勉強をすることも重要だけど今まで培ってきた暖簾や支持して下さった方への恩返しと今日という日の仕事が重要だ。という親。

今の仕事、足元を見ることも大切だけど、30年先、40年先の自分たちのあり方を語り具現化するための取組も重要だ、という子供。自分の残されている年数が決定的な価値観の差を生みます。これは政治を見てもあきらか。

60代、70代の政治家が本当に日本の未来に対し現在、痛い思いや票にならないことをするわけがありません。まだ官僚は50代だということを考えると私は政治家より官僚の方が未来志向だと思うこともあります。保守的だといわれることも多いですが、年を取った政治家よりはずっとマシではないでしょうか。

<30年先のことは次の世代が考えればいい>

私が60歳、70歳になった時にこの文章を読んでどう思うでしょうか、自分で自分の感想がとても楽しみです(笑)が、それでも私たちも先のことばかりではなく今の問題にも向きあうことが重要ですから、親に反論できないわけですね。この反論できない論理がどうしようもない平行線を作るのだと思います。

それと親子の問題でいつも考えていることがもう1つあります。それは、ドライだと言われますが、子供は親の所有物ではない、ということです。
そんなの当たり前だ、という方もいらっしゃるでしょう。しかし親の多くはいかにも<所有物>のように子供をみているように思います。

そりゃ小さい頃から突き放す必要はありません。親の責務は一人前の大人としてまた社会人として思いやりや倫理、また社会の一員として生活できるように育てることだと思っていますが、うちの子に商売を継がすことを<決めている>という人は多くおられます。

職業選択の自由の結果、うちに入ってきたのだ、という経営者もおられます。これはおかしい。なぜなら子供は親に認められたいというDNAがあり、親の仕事に興味を持つのが普通だからです。「どっちでもいいよ」というのは社会経験のない学生卒ぐらいでは「じゃ、一緒に働きたい」(親に認めてもらいたい)という思いが優先するのは当たり前です。
もう1つ考えなくてはいけないのは、多くの世襲を希望する親の多くは「世襲を希望されてきた」という自分の経験も影響しているでしょう。子供には子供の人生がある。親の所有物ではない。

<子孫には美田を残さない>という西郷隆盛氏の言葉が深く胸に残っています。

学生を卒業し社会人になってから18年、60歳、いわゆる引退まであと20年。娑婆にまみれながら仕事を通じて皆さんや社員に残したいことをこれまでやってきました。
迷惑をかけたり十分な満足を提供することができなかったお客様もおられると思います。これから100%をとは言いませんがそれでも前を向いて、さまざまな問題や課題に取り組んでいこうと思います。

まだ年末のあいさつは早いですね。まとまりのない文章になってしまいました。

それでは皆さん、聖なる夜をお楽しみできますよう、、、。