今日の名古屋は穏やかな天候でした。
Robinの蜘手です。
先日、高山にて2月の全体会議とRobinDNAacademyを開催しました。その後はRobin高山職人会、懇親会を開催。
およそ50名程の参加に懇親会は賑わいました。参加して頂いた皆さん、有難うございました。
この日、午前中に社内行事ということで、私は部屋にあった昔の書類の整理などをしていたのですが、立ち上げ当初に使っていた複写式の見積書や当時の打ち合わせ記録簿などがでてきました。あの頃は見積書も全て手書き。なんせ1人で3億円近くやっていましたから、いちいち会社も戻っている時間もなく、原価表や単価表、必要なサンプルなどまるで「書庫」のような車で一日中走り回り可能な限りその場(お客様宅)で全ての仕事をしていました。
テーブルを使わして頂いていいですか?と時間を頂き、せっせと見積書を作っていきました。その場で決めていけるものは決めていっていました。
今、思えば「よく頑張ったなー」と思うのですが、その昔の書類を見ると、当時の必死さに面映ゆい思いがしました。
駆け出し。創業間もない。若い。実績なし。歴史なし。あるのは元気と運だけ。
「よくお客様、これでオレに頼んでくれたな」というのが正直なところです。
本当に有難ったと今更ながらに感じました。
(もちろん今でもRobinは取るに足らない零細企業ですからその気持ちは今も変わることなくあります)
手抜きなどしませんでしたし、稚拙と思うには今だから言えることで当時はとにかく必死でした。職人さんや業者さんにもよく断られました。
「他の会社の仕事をやっているから」
「まだどうなるかわからない会社だから」
「実績を積んだ後に連絡をくれれば」
悔しいとかそうでないとか当時はそんなことを思うヒマもありませんでした。必死でした。
先に行われた職人会の懇親会でも歓談しましたが当時からお付き合いのある職人さん、業者さんがいらっしゃいます。当時を振り返ると懐かしく思う反面、本当に有難く思いました。
あれから11年たった今、少しは冷静に考えることができるようになりました。
「なぜお客様は数ある工務店やリフォーム事業者の中から、何もない(創業間もない)私(一人称)に依頼をして下さったのか?」
私なりに色々と考えました。その理由は1つではないと思います。お客様が100人おられれば100通りの答えがあるに違いありません。
ただ12年目に入り、その時の「理由」を今でも忘れずにやってるか?と問う自分がいます。また何もかもが揃っていて(当時よりは)組みやすくなった今のありがたみというのを忘れていないか?と問う今があります。
積み重ねてきた日々は決して平たんでありませんでしたが、今一度振り返ってみる機会になりました。今は恵まれすぎている気がします。
仙台の有志から聞く話によると、震災需要で職人さんがまったく足らない状況が続いているといいます。リフォーム事業は不況に強いといいますが本当の意味はビルダーやハウスメーカーの仕事が薄くなったから細々としたリフォーム会社の仕事もやるだけで条件(金銭的、保証なども含め)が変われば私ども中小の仕事を請けてくれなくなる時代がやってくるかもしれません。
消費税増税の駆け込み需要も始まっていると実感しています。そうなると現場サイドはただ単に発注者、請負者の関係ではなく同じ理念を共有したパートーナーでなくてはいけないと感じました。
厄払いも日枝神社、高野山としっかりと払って頂きました。初心を忘れず精進をしたいと思います。皆さん、これからも末長くお付き合い下さい。