しかし暑い1日でした。待ち遠しかった!、夏よ!ということで、、、。
Robinの蜘手です。
この会社を始めた時、徒手空拳という言葉がピッタリですが何も守るものがありませんでした。
もちろん蜘手電気という会社の社内事業だったこともあり、いつでもやめていいよという空気もありました。
(だからこそ簡単に辞めるわけにはいかなかった)
事業を始めた以上、恥ずかしい思いはできないし結果がでないと、、、、ということもあり必死で取り組みました。
長男が生まれたのが2000年、起業が2001年4月でした。
2001年にスタートしたこのRobinの原型は思いのほか順調なスタートを切りました。
(周りの「駄目だろ」という期待に反して)
チラシを作り、何度も校正をし折り込み、かかってきた反響電話を受け、アポイントを取り訪問し、現地調査をして見積もりを作り施工をしてお金を頂く、、、というサイクル。
仕事をすること自体に喜びがあったというより、「こんなにも認めてくださる人がいる嬉しさ」が先でした。やればやるほどお客様が増えていった時期でした。
「仕事ってやっぱ面白い」
休みもほとんど取れていませんでした、、というより取りませんでした。先々のことが心配だったのでしょう。
仕事があればあったで心配なことも増え、なかったらないで心配、、、経営者ってそんなものかもしれません。
そんな状態ですから家族には迷惑をかけっ放しでした。何しろ、起業して5年間はロクに休みもとってなかったですから。
たぶん1年に7日間くらいしかなかったんじゃないかな、、、それも熱が出たとか体調が悪くて寝てたとかです。
そんなことでしたから遊ぶ時間もまったく取れないまま、、、。
「遊びができるヤツは仕事もできる」なんて嘘だろ、と思っていたくらいでした。
やりたいことはたくさんある。お客様の期待にこたえたい、この会社をデカくして誇れる社員を育てたい、、、。
しかし忙しくやってた割にはお金は一向に貯蓄できるわけでもなく(本当に不思議なのですが)、資金繰りもいつもカツカツ、、、忙しい貧乏という状態。
そんな日が続くとさすがに色々と考えました。
そうゆう時に限って、知人などがバカンスを取ったり、家族旅行をしたりするのを横目でチラリと見ながら、いいなあ、と思いつつ、、、。
またRobinへ来てくださるお客様も本当にいろいろと楽しんでいる方が多い。
これってどうなんだろうか、こんなに毎日、忙しいのに全然、贅沢もできないし、休む余裕もないじゃん、、、、何やってんだ俺、、、。
またその頃、長女が生まれました。でもビデオカメラにはいつも私抜きの思い出ばかりが詰まっていきます。
気持ちも不安定だったのでしょう、名古屋店が上手くいかない時期もあり「アーーーー」と思ったこともありました。
仕事って何だろ、家族ってどんなん?俺ってこのまま事故でもしたら死に切れんな、、、
そんな時、一通の写メールが届きました。
「やっと自転車に乗れるようになったよ!」と画像はピースサインをする長男。
あ、乗れるようになったんだ
そう思った瞬間、私は泣けてきました。祖母が死んだ時、またどんなに苦しいことがあっても泣くことだけはなかった私でしたが、この時は車の中で号泣しました。
理由は今となってはよくわかりません。ただ、自転車教えるのは父親の役目、、と勝手に思い込んでいたのだと思います。
子供に対する申し訳なさ、父親として何もできていない現実。文句も言わず支えてくれた妻のこと、またどんな状況になっても付いてきてくれる社員、、、、
仕事が辛かったわけではありません。趣味が仕事と言い聞かせていた時期ですから。
ただ子供にとって、私にとって人生ってこれでいいんかな、と。
この時、生まれ変わろうと思いました。お金はまあいい。使える分だけあればいい。
(ちなみに私は個人的な蓄財や個人資産にはにはまったく興味がありません。)
人生を仕事だけで過ごすのも美しいが、それではイカン。いつ死んでもいいように、たっぷり遊びもしないとイカン。
また社員にもそれを伝えよう、人生は仕事だけじゃない。遊びも一生懸命するから、仕事もとことんやれる。
そう考えなおしました。
だいたいお客様にはこう言っているのです。
「家が全てではない、その先にある家族の豊かな人生が私たちの切なる願いなのです」と。
そう言っている自分ができていないじゃないか、、、、よしできることからやっていこう。
時間の合間を縫ってジムへ行く。近くのプールに行って1時間泳ぐ。
名古屋出張の際には少し早目に出発し、高鷲スノーパークでスキーを3本滑る、、、。
そんな風にしていきました。
仕事もできるだけ分担し、部門別にわけ社内でルールを作っていきました。採用も計画的に進め、それぞれの社員が兼任で責任を持つようにしました。
企画もどんどん社員に任せるようにしました。営業も細かいところまでは口を出さず大きな部分でのチェックにしていきました。
すると不思議なことに(今までは私がしすぎていた部分もあり)社員も成長し始めました。
普段から高山と名古屋を行ったり来たりで不在なことが多いからでしょうか。責任感が少しづつですが出てきたように思います。
人は生きている理由を探します。仕事がそれであるかもしれません。しかし私はそれだけだとは思いません。
経営者は仕事と人生が同意ですが、働く社員はそんなわけにはなりません。
しかし共に人生を豊かにするための方法は探していかなくてはいけないと思います。
この人生を素晴らしく豊かにするためには一流のプロになる必要があります、それには仕事を詰め込む時期も絶対に必要です。
しかしその反面、遊びも一流にならないといけないと思います。
私は今年に入ってスキューバダイビングのライセンスを取得しました。できる限り休みを使って(半ドンしてでも)時間を見つけ、ゴルフにも行き始めました。
会社でもクラブを作って行こうと思います。
それぞれ社員が部長になり会社で公認したものには補助金を出すのです。
まだ社内で正式に発表はしてませんが、内々でヒアリングをしたらマラソン部、ゴルフ、フットサル、ダイビング、サイクリング、、、と色々出てきました。
バリバリ働いて、バリバリ遊ぶ。
「人生は仕事だけじゃない。だからこそ仕事にも熱中できるのだ」これも私たちの価値観、強いメッセージでもあります。