本日の高山は快晴!
Robinの蜘手です。
感情は伝播する、、、これは実際には考えにくくても、身の回りにはよくある光景だと思います。
酸っぱい梅干しを食べている人を見て、自分も酸っぱくなる。
嬉しい思いをしている人を見ると自分も嬉しくなる。
ツキのある人とツキあうと良いことが続き、ツキのない人と付き合うとその逆になる、ということもその一種でしょうか。
私もあまり詳しくありませんが、人間の感情というものは伝播すると思います。
影響力があればあるほどその伝播力は強くなるのでしょう。逆も真なり。
感情伝播力の強い人が影響力を持つのかもしれません。
私はずっと疑問に思っていたことがあります。というのも私も今年39歳、あと数年であの「厄年」。
聞くところによると、「何かあった」という人が多く、そうか、なんかあるんかな、と思っていたのですが、これは日本独特?のものなのでしょうか。
厄年 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
調べてみると多くの人が言うように、節目の年周りあることが一般的な解釈のようですが、おおよそ気分の問題のような気もします。
それである人に聞いてみました。
「厄年に迎えるにあたって、用意すべきことは何ですか?そもそも厄年って何ですか?」
するとこう教えて頂きました
「厄年自体に意味はありません。ただ日本古来からの意識の集合値としての存在は否定できません。厄年という思いが集まっていることで伝播しているのです。一般的にやっている厄払いを受けておけば特に意識することはありません」
そうか、意識の集合値ですか、、、。
そういえば、家にありますね。
鬼門というやつが。この住宅の仕事をしていると、鬼門という言葉が多くでてきます。これも由緒ある起源があると思うのですが、実際は意識の集合値かもしれません。
ちなみに私は一切、この手のことは気にしません。
しかし、私が現場をやっていた時は何かあった場合に「鬼門」のせいにされるとバツが悪いので玄関、トイレぐらいは外して設計していました。
その程度です。
意識の集合値、感情の伝播、思は伝わる、、さまざまな言い方はありますが実際、身の回りでも多いと実感した今日この頃です。