名古屋には繁華街がいくつかある。
有名なのは錦と呼ばれる地区。
昔は(それこそ15年くらい前)は錦、住吉、女子大、東新町とそれなりにすみわけができていたが今では錦に集中しているような気がする。
ある日 真夜中、錦を出て自宅へ帰るため、広小路通りを東へ向かう。
見慣れた風景とあの時見ていた景色。
「あれから17年も経つのか。」
そう思い、帰路とは関係ののない路地へ入る。
そこにはなつかしさと、なんだかこうキュンとなる刹那さと。
夢中で毎日、何かを追い求めていたものが青春とするなら、紛れもなくあれは青春だった。
(今回はちょっと長いですよ、皆さん、笑)
高山を出て名古屋の大学へ進学した僕は、学生時代の明確な目標を持っていた。
「社会勉強をする、学生の時にしかできない体験をする」
はっきり言って勉強は二の次だった。
学生時代、といわれれば思い出すのはアルバイトだ。
大学生活にも慣れ、1年生も終わりになった頃、名古屋市南区の柴田にほど近い場所、白水町に1人暮らしをしてた僕はアルバイト探しを始めた。
天白川を東海市に渡ると名和町があり、そこの交差点にはナワナワガーデン(違ったかな、、、)といって色々なお店があった。
吉野家、KFC、ステーキ屋、コンビニ、、、
近いこともあり、学校が終わる夕方から夜にかけてできるバイトを、とうろついて目に付いたのは紳士服のT。
「アルバイト募集」を見て、店に入る。
「こんにちは、アルバイト募集を見て来たんですけど」
すると対応してくれたのはたまたまそこにいた、副店長さんだった。
副店長はすぐに面接をしてくれた。
またとても気さくで、緊張感を持ってしどろもどろの学生に対し、やさしく色々なことを教えてくれた。
メモ書きは全部、ひらがなだった気がする。(漢字で書けよ)と内心思ったものだ。
流れでそのままアルバイトをすることが決まった。
業務はスーツ、ジャケットパンツ、カジュアルと紳士服での接客である。
お客様に声を掛け、試着をしてもらい採寸をし、お買い上げ。
単純な仕事であったが面白かった。
またアルバイト仲間もみんな気さくで楽しかった連中だった。
学生もいたし社会人バイトもいた。
店長も優しく、気概のある人だった。
アルバイト先では月に一度、食事会があったのだがこれがまた最高であった。
あのハジケップリは今でも鮮明に覚えている。
元気にしているかな、Kさん。
面接をしてくれた副店長は何かにつけ、声を掛けてくれた。
色々と相談に乗ってくれたし、面倒も見てくれた。
金のないときには2人でご飯+もやしで夕食を過ごしたこともある。
いつしかバイトと社員という関係ではなく、色々な相談をする兄貴のような存在になった。
バイトの話、夢の話、車の話、そして恋の話、、、。
学校が終わり、もう1つの放課後のようだった。
そんな楽しい紳士服店のアルバイトだったが、いつしか物足りなさと「未知への世界への興味」が沸いて来た。
「バイトを変えたい」そんな相談を副店長にした。
すると留意をしてくれたものの、僕の価値観に理解をしてくれた副店長は
「じゃあ、新栄でオレの同級生がパブの店長をやっているから、紹介してあげるよ」
僕は色々とあってか、刺激が欲しかったのかもしれない。
家業を持っている父を考えると、もしかするとすぐに高山へ戻らなくてはいけないかもしれない、そんなことも考えた。
学生だから許されることもあるだろう、責任を持てば持つほど、立場も生まれるし、使命も大きくなる。
パブでのバイトは毎日、毎日が戦いのようだった。
日中は大学へ行き、夕方から準備をし、7時には店に入り、終わりは朝の4時まで。
遅いときはすっかり明るくなってから帰るときもあった。
軽く寝てまた大学へ行く。
潰れて店で寝たこともあったし、アパートまで帰ってこれず車で寝て学校へ行けなかったこともあった。
バイトは毎日、色々な種類の人が来た。
普通の仕事の人から、普通じゃない人まで、そこには色々な世の中の凝縮を見た。
たくさんの友達もできた。
悪い仲間もできた、笑。
楽しかったこともあった。
悲しいこともあった。
辛くて涙が止まらないこともあった。
いつしかバイトは週2から週3、4そして休みなしへ。
給料は時給、日給、月給へと
ウソをつかれ悲しい思いもしたし、ウソをついて苦しい思いをしたこともある。
裏切られて人を信用できなくなったこともあったし、僕も裏切ったこともある。
考える時間も取れず、それも億劫になるくらいの日々。
泥になるという言葉がピッタリの毎日。
楽しかったか?と聞かれれば「楽しかった」と答える。
またやりたいか?を聞かれれば「2度とやることはない」と答えるだろう。
でも僕のここまでの人生で、青春だったと呼べる時期があるとするなら、紛れもなくこの時期である。
度胸もついたし、自立することの大切さも知った。
おぼろげながら自分の将来を考えることもできた。
永遠に続くと思った時間だった。
悩みができた時は紳士服バイト時代の副店長へ電話をした。
いつも、どんな時間でも嫌がらず愚痴を聞いてくれた。
タバコ臭い車の中で何時間も話した気もする。
今でも思う、彼がいなかったらこの夜のバイトもしてなかっただろう。
自分の将来について疑問を持つこともなかったし、貴重な出会いも経験もすることもなかった。
よき先輩であり、よき仲間だった。僕の数少ない大切な友人である。
僕は夜の仕事には向いていないこともわかった。
しかし自分らしく生きることの大切さ。これはこの時に気付いた。
田舎の高山へ戻ることがあってもまた名古屋で仕事がしたい。
そう思ったのも事実、これは夢が叶っていることになる。
あれから17年も経つ。
あの時、同じ窓から見てた景色は変わったのだろうか。
変わったように見えて、何も変わっていないのかもしれない。
今、私は家族や社員そして、お客様に恵まれている。
あの時の僕を知っているヤツはなんというだろう。
もう戻ることのない時間。アングラでしたけど、、、。
ちなみにこの副店長とはその時「一緒に仕事をしよう」と言って握手をした。
まさか、本当に一緒に働くとは思ってもなかったけどね、国藤さん、笑。
お互いに年を取ったね。国藤さんはこれからまた青春じゃん、笑。
頑張ろうや。
学生時代に僕は色々なものを学んだ。
それは普通の道ではなかったし、人に誇れるものではないかもしれないが、財産である。
学生の方はインターンも大切だけど、その時にしかできないことをやるのもいいと思う。
社会は取り返しができないほど冷たい場所ではない。
しかし学生の時間は二度と戻ってこないのだ。
(ちなみにナワナワガーデンで働いていたバイト仲間の1人が今のカミさんです)